Kiyo’s Blog
立命館大学薬学部菅野清彦先生のPCFJのBlogをこちらのサイトでも御紹介致します。
クリアランスの説明(物性製剤研究者向け) その1
以前のブログで、クリアランス論争についてお話ししました。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/493410
私自身も査読者としてこの論争に巻き込まれました。その際に、著者から、査読レポートを論文発表してはというアドバイスをいただきました。そこで、編集長からの招待論文として、コメンタリーを書きました。クリアランス論争の論点が、多少は、整理されることを期待しています。
A commentary on “Are all measures of liver Kpuu a function of FH, as determined following oral dosing, or have we made a critical error in defining hepatic drug clearance?”
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0928098724001118
薬物動態分野において、クリアランス(CL)は、排泄速度(EL)と薬物濃度(C)から、以下のように定義されています。
排泄速度(EL) = 薬物濃度(C) x クリアランス(CL)
一般的には、全身をめぐる循環血(systemic blood)に含まれる薬物濃度(C_STB)を測定しますので、その濃度に対するクリアランスは、全身クリアランス(CL_TB, total body)と定義されます。
EL = C_STB x CL_TB
なぜこう定義するかと言うと、全身クリアランスは、循環血中から、体が薬物を除去する能力だからです。
次に、体内の臓器ごとのクリアランスを考えます。ここでは、肝クリアランスを例にします。
肝クリアランス(CL_H)は、肝臓に流入してくる血液(flow-in blood)に含まれる薬物濃度(C_FIB)で定義されます。
EL = C_FIB x CL_H
なぜこう定義するかと言うと、肝クリアランスは、肝臓に流入してくる血液中から、肝臓が薬物を除去する能力だからです。
次に、臓器内の細胞ごとのクリアランスを考えます。ここでは、肝細胞クリアランスを例にします。
肝細胞クリアランス(CL_CELL)は、肝臓内の毛細管血液(capillary blood)に含まれる薬物濃度(C_CPB)で定義されます。
EL = C_CPB x CL_CELL
なぜこう定義するかと言うと、肝細胞クリアランスは、肝臓内の毛細管血から、肝細胞が薬物を除去する能力だからです。
最後に、肝細胞内の酵素ごとのクリアランスを考えます。酵素には、CYPや胆汁排泄トランスポーターが含まれます。
肝酵素クリアランス(CL_EZ)は、細胞内液(intracellular fluid)に含まれる薬物濃度(C_ICF)で定義されます。
EL = C_ICF x CL_EZ
なぜこう定義するかと言うと、肝酵素クリアランスは、細胞内液から、酵素が薬物を除去する能力だからです。
以上のように、薬物を除去する装置(elimination machinary)を、体レベルでとらえるか、臓器レベルでとらえるか、細胞レベルでとらえるか、あるいは、酵素レベルでとらえるか?で、各レベルのクリアランスを定義します。どこから、何によって、クリアされるのか?を明確に定義することがとても大切です。
まとめると、
EL = C_STB x CL_TB 全身クリアランスは、循環血中から、体が薬物を除去する能力
EL = C_FIB x CL_H 肝クリアランスは、肝臓に流入してくる血液中から、肝臓が薬物を除去する能力
EL = C_CPB x CL_CELL 肝細胞クリアランスは、肝臓内の毛細管血から、肝細胞が薬物を除去する能力
EL = C_ICF x CL_EZ 肝酵素クリアランスは、細胞内液から、酵素が薬物を除去する能力
ここで、C_FIB、C_CPB、および、C_ICFは、現在の技術では、人体から直接採取して薬物濃度を測定することはできませんが、それでも実在(real entity)です。これらは、クリアランスを定義するための名目上(nominal)の濃度ではありません。実在です。一方で、クリアランスは、その次元(体積/時間)が示すとおり、名目上の値です(実際に、血液自体が、毎分何リットル、取り除かれるわけではないですよね)。
各濃度間の関係は、それらの比率(Kp)で表現できます。もし、非結合型分率のみを考えるならばKpuuになります。ここでは簡単のため、非結合型分率はすべて1とします。
薬物濃度は全部で4か所分ありますので、それらの比率は、順々に3つ定義できます。
Kpuu_FIB/STB = C_FIB/STB
Kpuu_CPB/FIB = C_CPB/FIB
Kpuu_ICF/CPB = C_ICF/CPB
さらに、循環血と細胞内液を比べるのであれば、
Kpuu_ICF/STB = Kpuu_FIB/STB x Kpuu_CPB/FIB x Kpuu_ICF/CPB
と書くことができます。
ここで、肝臓内を流れている毛細管血液について考えてみましょう。肝臓で代謝/排泄が起きるのですから、当然、肝臓を流れている間に、毛細管血液中の薬物濃度は低下します。したがって、
Kpuu_CPB/FIB < 1になります。
また、肝臓内を血液がゆっくり通過する方が、肝臓内にとどまる時間が長くなるので、毛細管血液中の薬物濃度は、血流速度(Q_H)に影響を受けます。
つまり、Kpuu_CPB/FIBは、
・血流速度(Q_H)に影響を受ける。
・Kpuu_CPB/FIB < 1
です。これには、何の不思議もないですよね?
一方で、Kpuu_ICF/CPBは、毛細管血液中の薬物濃度(C_CPB)に対する細胞内薬物濃度(C_ICF)の比(C_ICF/C_CPB)です。したがって、血流速度に応じてC_CPBが高く成ればC_ICFも高くなりますが、その比は一定になります。また、血液と接している細胞膜にトランスポータがあれば、その影響を受けます。したがって、
・血流速度(Q_H)に影響を受けない、
・Kpuu_ICF/CPB は、トランスポータの有無によりかわる。(トランスポータが無ければ、Kpuu_ICF/CPB < 1。この濃度勾配が受動拡散の原動力です。)
つまり、Kpuuが血流の影響を受けるかは、その定義によります。
次回は、数式を用いて、もうすこし考えていきますが、今回の議論だけでも、論点は理解できると思います。
薬物析出に炭酸緩衝液とリン酸緩衝液が与える影響
薬物析出プロファイルに、炭酸緩衝液とリン酸緩衝液が与える影響を比較しました。
Drug Crystal Precipitation in Biorelevant Bicarbonate Buffer: A Well-Controlled Comparative Study with Phosphate Buffer
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.molpharmaceut.4c00028
pHシフト試験やSolventシフト試験は、医薬品開発において析出試験として広く用いられています。従来は、リン酸緩衝液が使われていましたが、今回、炭酸緩衝液(BCB)とリン酸緩衝液(PPB)が与える影響を比較しました。
結果、pKa < pH (酸性薬物)およびpKa > pH(塩基性薬物)の場合、BCBとPPBでは、大きな差がありました。理由については、論文中で詳しく考察していますので、是非、ご拝読いただければと存じます。
結論として、析出試験においても、炭酸緩衝液を使用すべきと考えられました。
また、ガスバブリング法では、その刺激により析出が人為的に加速されてしまう可能性があることも、今回明らかにしました。
落し蓋法は非常に簡便で応用範囲が広いので、是非、医薬品開発の現場でご利用いただければと存じます。
今月開かれる薬剤学会でも、炭酸緩衝液について、多数発表しますので、是非、ご来場いただければと存じます。
様々な薬物(IR製剤)の溶出プロファイル 炭酸緩衝液とリン酸緩衝液の比較
様々な薬物(IR製剤)の溶出プロファイルは、生体に近い炭酸緩衝液(BCB, 10 mM pH 6.8)とリン酸緩衝液(JP2)でどれくらい違うのだろうか?
医薬品開発の現場にとって、これは大きな関心事だと思います。BCBとJP2で差が出るのが稀な場合のみならば、このまま慣れ親しんでいたリン酸緩衝液を使い続けたい、、、という方も多いと思います。
Dissolution Profiles of Immediate Release Products of Various Drugs in Biorelevant Bicarbonate Buffer: Comparison with Compendial Phosphate Buffer
https://link.springer.com/article/10.1007/s11095-024-03701-6
11/15例において、ある時点で溶出率に差(0.8倍未満又は1.25倍以上)が認められた。4/15例において、溶解曲線下の面積比が同等でなかった(<0.8または>1.25倍)です。特に、塩の場合、過飽和濃度に大きな差が見られました。
本件研究の結果から、BCBとJP2の差は明らかです。
理由は、バルク溶液中の緩衝能の差だけではありません。表面pHに与える影響の差が大きく、これには緩衝液の「中和速度」が大きく影響しています。
当たり前のことですが、酸性薬物や塩基性薬物の場合(フリー体も塩も両方)、リン酸緩衝液中における溶出プロファイルをPBPKモデルに入れたところで、血中濃度推移を正しく予測することはできません。(フィッティングに騙されないように。。。)
それでもどうしてもリン酸にこだわりたい。。。かもしれないです。炭酸と同じになるリン酸濃度があるのではないか???
しかし、バルク溶液中の緩衝能が生体のBCBに合うようにリン酸の濃度を低くしても、表面pHを合わせることは出来ません。逆に、表面pHを合わせようとすると、バルク溶液の緩衝能は著しく低い値となります。原理的に、バルク溶液中の緩衝能と薬物表面のpHを同時に合わせることはできません。
落し蓋法はとても簡単で、だれにでもすぐに出来ます。炭酸緩衝液に対して、強い抵抗感を持っている方もいらっしゃるとは思いますが、是非一度、お試しいただけると、あっけないほど簡単なのが、良く分かると思います。
JP2 続き
前回のブログで、理論値pHと実測値pHが、およそ0.1違っていたこと、気になった方もおられたかもしれません。(あまりいないとは、思いますが。。。)
Ka = [H+][A-]/[HA]なので、KH2PO4とNa2HPO4を1:1モル比で加えた場合、Ka = [H+]になります。したがって、その溶液のpHはpKaと同じになりそうな気もしますが、この場合のpHは、H+モル濃度(concentration)としてのpHです。
pHc = p[H+]
です。一方、pHメータのプローブが電圧として捉えるのは、基本的には、H+の活量(activity)です。
pHa = pf[H+]
ここで、fは活量係数です。
fは、デバイヒュッケルの式を用いて、イオン強度から近似計算できますし、さらには、Daviesの式がより良い近似です。
加えて、実際には、pHプローブに液絡電位があり、わずかですが、pHメータの表示値に影響します。この表示値は、operational pHと呼ばれています。
なので、
operational pH = p[H+] + alpha
となります。
alphaの値は、一般的なガラス電極では、I = 0.15においては、大体0.09程度です。したがって、実際の表示値=pKa + 0.09程度になります。(ただし、I = 0.15におけるpKa値を用いること。)
実際のJP2(37℃)のpHメータ表示値は、operational pH = 6.95付近になります。
詳しくは、Alex Avdeef博士の本をご参照ください。
溶出試験第2液(JP2)のpHについて
最近、JP2について、疑問に思ったり、質問されたりしましたので、すこし調べてみました。
Yoshida, H., Abe, Y., Tomita, N., & Izutsu, K. I. (2020). Utilization of diluted compendial media as dissolution test solutions with low buffer capacity for the investigation of dissolution rate of highly soluble immediate release drug products. Chemical and Pharmaceutical Bulletin, 68(7), 664-670.
JP2のpHの実測値は、6.9、です。
え!、ホント???気になりますよね?
実際、よーーーーく読んでみると、溶出試験第2液のpHが6.8であるとは、局法には書いてありません。
「局法の記載」
溶出試験第2液(JP2): pH6.8のリン酸塩緩衝液1容量に水1容量を加える。
pH6.8のリン酸塩緩衝液: りん酸二水素カリウム3.40 g及び無水リン酸水素二ナトリウム3.55 gを水に溶かし、1000 mLとする.
pH6.8のリン酸塩緩衝液は、
りん酸二水素カリウム 0.025 mol/L
無水リン酸水素二ナトリウム 0.025 mol/L
ですので、リン酸は合計 0.050 mol/Lです。
この場合、イオン強度(I)は、約0.1 mol/Lとなり、リン酸の第2pKaは、6.78になります(37 ℃)。
したがって、理論上、pHは6.8になります。
https://en.wikipedia.org/wiki/Phosphate-buffered_saline
一方、これを2倍に希釈したJP2では、イオン強度(I)は、約0.05 mol/Lとなり、リン酸の第2pKaは、6.86になります(37 ℃)。
したがって、理論上、pHは6.9になります。
実際には、pH測定の施設間誤差は0.05ぐらいはありますので、あまり気にしても仕方がないのかもしれませんが、それでも、最近はpHメーターの性能が良いので、気になる方もおられると思います。
なお、FujifilmWakoでは、
溶出試験第2液(JP2): 6.87~6.97 (25℃)
pH6.8のリン酸塩緩衝液: 6.81~6.89 (25℃)
pHは規定値の±0.05以内(25℃)
となっております。
ところで、pHメーターに用いる中性リン酸塩標準液(pH 6.86 (25℃)、6.84 (37℃)) は、
0.025 mol/kg りん酸二水素カリウム
0.025 mol/kg りん酸水素二ナトリウム
です。
https://www.horiba.com/jpn/water-quality/support/electrochemistry/the-basis-of-ph/measuring-ph-using-a-glass-electrode/reference-solution/
容量モル濃度と重量モル濃度の違いがありますが、基本的に、局法のpH6.8のリン酸塩緩衝液と同じになります。
私はこれまで、JP2は小腸を模擬していると、教わってきましたし、教えてきました。しかし、実際にはそれだけではないのかな?と思いました。その昔、どのような経緯でJP2が制定されたのか分かりませんが、純度の高い物質が入手可能で、(pHメータが無くても)再現性良く作製できるという理由も、昔は大きかったのかな?と思いました。実際、自分が入社当時に使用してたpHメーターは、デジタル表示ではなく、タコメーター表示で、針がゆらゆら揺れていました。
そう考えると、すくなくともBE予測に関しては、JP2にこだわる必要は全くなく(むしろ、こだわるべきではなく)、生体と同じ、炭酸緩衝液を第一選択にした方が良いと思います。リン酸緩衝液と炭酸緩衝液は、かなり性質が異なります。
実際のところ、JP2による溶出試験では、臨床BEを、あまり良く予測できないことは、現場の皆さんが一番よく分かっているのかな?と思います。
BE予測を外すことは、かなり高い授業料だと思います。今一度、冷静に考えてみれば、JP2が臨床BEを予測できないのは当たり前なのかもしれません。人類は、かなり高い授業料を払ってきましたが、もう、このことに気が付いても良いのかもしれません。
これまでは、炭酸緩衝液の使用は手間とコストがかかり大変でしたので、JP2を使うのも仕方がなかったと思います。しかし、今では、落し蓋法があります。リン酸緩衝液と、手間は変わりません。
みなさん、先入観を捨てて、炭酸緩衝液を試してみませんか?
そのMiddle-out approach、大丈夫ですか?(10)本当に大丈夫ですか?
ここまで、middle-outについて、いろいろ議論してきました。安易にMiddle-outを行うことの危険性について、十分ご理解いただけたと思います。そうすると、「市販ソフトのoptimizeボタンを押すのは危ないから、やめておけば安全だ」、と思われるかもしれません。しかしそれでもまだ、罠があるのです。
(1) in vitroデータの選択
いくつかのin vitroデータの中から、薬物毎に、臨床データに合うという理由で、どれか一つを選択するのは、逆算しているのと同じことです。
例えば、Caco-2, PAMPA, in silicoの中から、薬物毎に、臨床データに合うという理由で、どれか一つを選択する、という場合です。薬物毎に臨床データに合うものを選ぶ、というのは、すなわち、そうなるパラメータを選んでいるので、逆算しているのと同じです。
(2) PBPK middle out以外の方法で、経口投与後の血中濃度推移からのCL/Fを計算し、それをPBPKのCLとして使用する場合
例えば、CL/Fを計算方法としては、一般的な経口吸収1 compartmentモデルでの計算(*)、あるいはモーメント解析からの計算などがあります。
この場合、Fが含まれていることに注意が必要です。PBPKが正しければ、Fが2重に計算に含まれます。
また、PBPKが誤ってF = 1と計算する場合、CL/F計算の元となっている血中濃度推移をPBPKでほぼ完ぺきに再現されます。それは、PBPKが正しいということではなく、単にCL/FにFが含まれているだけです。
経口吸収に関するPBPKでは、クリアランスについては、
・可能な限り静脈内投与のデータを用いる。
・静脈内投与のデータが無い場合、in vitroデータなどからFa = 1, Fg = 1が確実に予測できる場合の、経口投与後のデータから計算する。例えば、「Do < 1, Pn > 2で(BCS class I)、溶出速度>85% at 30 min」、「Pn > 2&溶液投与&析出なし」など。(FaFgFh = FaFg (1-CL/Q) = AUC x CL)
これら以外にも、落とし穴があるかもしれません。
現在の科学レベルでは、PBPKがbottom-upで血中濃度推移を完ぺきに(+-20%とかで)「予測」した場合、単なる「まぐれ当たり」でなければ、「Too good to be true」です。なにか落とし穴があって、知らぬ間にfittingを行っていて(つまり「予測」ではない)、完璧に見えてしまっている「幻想」なのではないか?と、疑った方が良いと思います。
*一般的な教科書に載っている経口吸収1 compartmentモデルでは、経口吸収率は1になります。なので、経口吸収率< 1の場合には、正しく使用することはできません。詳しくは、緑本あるいは以下の論文をご覧ください。
Sugano, K. (2021). Lost in modelling and simulation?. ADMET and DMPK, 9(2), 75-109.
そのMiddle-out approach、大丈夫ですか?(9) 介入試験データとMiddle-outの関係
ここまでの議論で、
・数理モデルのパラメータ推定に用いる臨床PKデータには、介入試験データと観察試験データがあること。
・上手く計画すれば、介入試験のデータから、モデルの中のあるパラメータを、一意に決定できること。
を述べました。
ここでは、介入試験データとMiddle-outの関係について、もうすこし深く、考えてみたいと思います。
まず、おさらいとして、パラメータ推定と介入試験の関係から始めましょう。
ここでは、
e = a + b + c + d
というモデルを考えましょう。
ここでは、bを求めたいため、b = 0とした介入試験を考えます。a, c,dは不明ですが、試験間で同じになるようにします(つまり、ランダム化により、両群の背景因子を同じにするということです)。
例えば、
(a, b, c, d) = (a, b, c, d)の時に、e = 3 (対照群)
(a, b, c, d) = (a, 0, c, d)の時に、e = 2 (介入群:b = 0となる介入試験。a,c,dは不明だが、各試験間で統一する(ランダム化)。)
の場合、
3 = a + b + c + d
2 = a + 0 + c + d
なので、上の式から下の式を引くと、
1 = b
となり、bが求まるのでした。
では、e = a x b x c x dというモデルにおいてbを求めたい場合、どのような介入試験をしたらよいでしょうか?
この場合には、b = 1となる介入試験にします。
例えば、
(a, b, c, d) = (a, b, c, d)の時に、e = 6 (対照群)
(a, b, c, d) = (a, 1, c, d)の時に、e = 3 (介入群)
の場合、
6 = abcd
3 = acd
なので、今度は、上の式を下の式で割ると、abcd/acd = bなので
2 = b
となり、bが求まるのでした。
これらの例では、パラメータ数4、データ数2なので、データ数が足りない、いわゆる「劣決定逆問題」に見えますが、
・介入により特定のパラメータだけ(逆算で求めたい部分だけ)変化させる。(上記例では b)
・他の背景因子は両群同じにする(ランダム化)。
・差(あるいは比をとる)。
という方法で、モデル中の求めたいある特定部分(上記例では b)については「決定逆問題」となるようにしているわけですね。
最後に、aとbを同時に0になる場合を考えてみましょう。
(a, b, c, d) = (a, b, c, d)の時に、e = 3
(a, b, c, d) = (0, 0, c, d)の時に、e = 2
3 = a + b + c + d
2 = 0 + 0 + c + d
1 = a + b
したがって、(a + b)の値は決定できますが、aとbの組み合わせはたくさんあるので、決められません。
(ただし、aとbの関係は決まるので(b = 1-a)、aとbの組み合わせには、これを満たすという制限がかかります(全く自由な訳ではないということです。)。
次に、Middle-outについて考えてみましょう。
Middle-outとは、数理モデルの中のある部分を薬物固有データと生理学的データから計算し(bottom-up)、他の部分は臨床PKデータから逆算(逆推定)で求める(top-down)、ということでしたね?
ここでは、先ほどの
e = a + b + c + d
というモデルの中で、dについては薬物固有データと生理学的データから計算されるとします。ただし、今回は、dはbの関数であり b = 0とした際の影響を受けてしまうとします。
例えば、
(a, b, c, d) = (a, b, c, 4)の時に、e = 3 (対照群)
(a, b, c, d) = (a, 0, c, 5)の時に、e = 2 (介入群:b = 0となる介入試験。a,cは不明だが、各試験間で統一する(ランダム化)。dについては、bottom-upで、b = 1, b = 0の場合に、それぞれ、d = 4, d = 5に求まっている。)
の場合、
3 = a + b + c + 4
2 = a + 0 + c + 5
なので、上の式から下の式を引くと、
1 = b – 1
したがって、
b = 2
となり、bが求まるのでした。つまり、Middle-outでは、bottom-upの部分は薬物固有データと生理学的データから別途に決定されているので、bottom-up部分が群間で異なっていても、top-down部分を決定できることになります(top-down部分が、決定逆問題となる)。
ただし、この場合、bottom-upの部分が間違っていたら、dの値が間違っていることになりますので、当然、得られるbも間違いになります。Middle-outで正確な値が得られるのは、bottom-upの部分がすべて正確である場合に限られます。そして、現在の科学では、bottom-up予測の誤差は大きいです。つまり。。。
また、逆算しているので、その値をモデル式に入れれば、実験データ(この場合e)と完全に一致します。しかし、これは予測ではないです。単なる検算です。検算と予測は全く違います。くどいようですが、この部分を勘違いされている方が非常に多いので、繰り返させていただきます。
薬物動態における介入試験には、以下のようなものが挙げられます。
特異的阻害剤(with/without)を用いたDDI試験 →求まるパラメータ: fm)
I.V./P.O試験 →求まるパラメータ: F (バイオアベイラビリティ-)(DeconvolutionすればFの時間推移)。さらに、FaFgまでは求めることが出来る (F = FaFgFh, Fh = 1 – CL/Q)。このデータから、FaとFgを分けることは出来ない。
また、厳密には介入試験ではありませんが、SNPsの比較なども、介入試験と同様に取り扱えるかもしれません。
それでは、食事の影響はどうでしょうか?
食事の影響により変化する生理学的パラメータは、胆汁ミセル濃度だけではありません。pH、粘性、消化管溶液量、撹拌状態、胃排泄時間、肝血流量、消化管血流量、など様々なパラメータが変化します。これらは、食事の内容に、大きく影響を受けます。
これらの生理学的パラメータは、溶解度、溶出速度、膜透過速度、過飽和/析出、初回通過効果、などに影響を与えます。さらには、原薬だけではなく、製剤(添加剤)の特性にも影響を与えます。
したがって、絶食/飽食のPKデータから、ある特定のパラメータ(例えば、胆汁ミセル分配係数Kbm)を決定することはできません。
そのMiddle-out approach、大丈夫ですか?(8) Middle-outはベイズ統計なのか?
数年前、middle-outを強く推進している、とある海外の先生から、「middle-outに対する批判的な議論には、ベイズ統計の見地が抜けている。」と指摘されたことがあります。大変恥ずかしながら、当時、私はベイズ統計について何も知らなかったので、この指摘の意味が解りませんでした。それから、ベイズ統計の初心者向けの本を何冊か読んで勉強ました。
今現在、私は、「少なくとも従来の形のmiddle-outはベイズ統計ではない。」と考えています。
ベイズ統計に関しては、いろいろな本やウェブサイトで説明されていますので、詳細はそれらをご覧いただければと思います。
基本的な考え方は、
(1) 事前確率がある。
(2) 新しいデータが得られる。
(3) 新しいデータで事前確率を更新する。
です。
これは、一般的な人間の思考パターンと非常に近く、我々は日常的にこのような判断をしています。
例えば、海釣りに行くことを考えてみましょう。
(1) 過去のデータからは、例年この時期、a湾では、b堤防が最も良く釣れる確率が高く、次がc堤防である。
(2) そこで、当日実際にa湾まで行ってみると、b堤防からc堤防へ移動する人を見かけた。
(3) さて、どちらの堤防に行きましょうか?
この判断は、事前情報により左右されるでしょう。事前情報がb: c = 99: 1 ならば予定通りb堤防に行くかもしれないし、事前情報がb:c = 55:45ならc堤防に変更するかもしれません。(見かけた人は、b堤防が釣れていないからc堤防に移動しているのでしょうから。。。ただ、たまたま時間帯が悪かっただけなのかもしれないです。)
それでは、次にmiddle-out PBPKについて考えてみます。
例として、肝クリアランス(CLh)を考えます。医薬品開発においては、おそらく、以下のような手順になるでしょう(概念を分かりやすく説明するため、数式は簡略化しています。)。
(1) 事前情報としてin vitroのデータから固有肝クリアランス(CLint)を予測し(CLint事前予測)、それに基づいてWell-stirred modelでCLhを予測する(CLh = 1/(1/Qh+1/(fuCLint))。
(2) 臨床試験(静脈内投与)から、CLh実測データが得られる。
(3) CLh実測データからCLintを逆算する(CLint逆算)
さて、CLint逆算の値は、CLint事前予測の値に左右されるでしょうか?
もちろん、左右されないですね?
CLint逆算 = 1 /fu / (1/CLh実測-1/Q)
なので、CLint逆算の値は、CLint事前予測の値に全く関係なく計算されます。つまり、CLint逆算は、ベイズ統計とは関係ないことは明らかです。
しかし、実際に市販ソフトを用いている場合には、最小二乗法によりCLint逆算を計算します。その際に、初期値が必要です。初期値として、CLint事前予測を用いる場合も多いでしょう。この場合、CLint逆算の値は、CLint事前予測の影響を受けるでしょうか?もし、受ける場合、それはベイズ統計なのでしょうか?
最小二乗法については、以前のブログをご参照ください。https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/525457
まず初めに、最小二乗和(SS)が、CLintに関して極値を1つだけ持つ、下に凸の曲線だとします。この場合、どの値から出発しても、同じ最小のSSに到達します。したがって、CLint逆算はCLint事前予測の影響を受けません。
CLintに関して極値を2つ以上持つ場合、CLint逆算は初期値により変わる可能性があります。この場合、初期値としてCLint事前予測(初期値Aとする)を使用とすると、最小のSSに到達する可能性が高いのかもしれません。しかし、同じCLint逆算に到達することができる別の初期値(初期値Bとする)も存在します。この場合、初期値A≠初期値Bですが、CLint逆算は全く同じ値になります。ベイズ統計では、CLint逆算は違う値になるはずなので、この逆算もベイズ統計ではありません。このように、最小二乗法では初期値が必要なので、一見ベイズ統計と同じように見えるのかもしれませんが、実際にはそうではありません。
上記の議論から、少なくとも従来の形のmiddle-outはベイズ統計ではないこと、ご理解いただけると思います。
なお、今年(2023年)になって、in vitroデータと臨床介入試験データの両者を考慮に入れた形での、DDI予測も提案されています(論文が難しすぎて、私には良くわかりませんが。。。)。
Hozuki, S., Yoshioka, H., Asano, S., Nakamura, M., Koh, S., Shibata, Y., … & Hisaka, A. (2023). Integrated Use of In Vitro and In Vivo Information for Comprehensive Prediction of Drug Interactions Due to Inhibition of Multiple CYP Isoenzymes. Clinical Pharmacokinetics, 1-12.
https://link.springer.com/article/10.1007/s40262-023-01234-6
この論文は、あくまでDDIに関するものです(加えて、mechanistic static model (MSM)を用いています。一般に、MSMはPBPKとは呼ばれません。)。DDIは、阻害剤の同時投与による臨床PKデータ(介入試験データ)があれば、fmを推定可能です。そのうえで、さらにin vitroデータを考慮すべきかどうか?は、in vitroからの予測の精度と、特異的阻害剤を用いた介入試験データからの逆算値に基づく予測の精度、この2つのバランスによるのではないかと思います。
Virtual bioequivalence study using in vitro dissolution test and PBPK model
近年、溶出試験の結果をPBPK modelのインプットデータとして用いた「仮想生物学的同等性試験(Virtual bioequivalance (BE) study)」に関する論文が増えています。Virtual BE studyというコンセプト自体については、科学技術の「将来の大きな目標」としては良いのかなと思います。
しかし、溶出試験とPBPK modelの組み合わせでそれが達成できるという、これまでの論文の主張は、誇大表現であると思います。そもそも、溶出試験の結果を、そのまま、PBPK modelのインプットデータとして用いる場合、原理的に、virtual BE studyには、成り得ません。
まず初めに、何故、PBPK modelがvirtual BE studyに適していると考えられているのか?から考えてみましょう。
/// PBPK modelがvirtual BE studyに適していると、理論上、考えられている理由 ///
PBPK modelは、基本的に、bottom-upにより構築されるモデルです。
PBPK modelは、「生理学的パラメータ」と「薬物固有パラメータ」を含む「メカニズムベース数理モデル」で構築されています。
「生理学的パラメータ」は、個体間差や個体内差(cross-over試験における試験間差)が反映されます。
一方で、「薬物固有パラメータ」は、それらに左右されない薬物固有のパラメータです。例えば、消化管溶液内の溶解度(S)については、
薬物固有パラメータ: 固有溶解度(S0)、酸塩基解離定数(pKa)、胆汁ミセル分解係数(Kbm0, Kbm+など)
生理学的パラメータ: pH、胆汁ミセル濃度
メカニズムベース数理モデル: 胆汁ミセル分配を考慮に入れたHenderson-Hasselbalch式
です。
したがって、ある母集団における各生理学的パラメータの分布がわかっていれば(正規分布を仮定するなら、平均と標準偏差がわかっていれば)、それらを基にして、ランダムに生理学的パラメータを発生させて「仮想被験者群」を構築できるため、理論上、血中濃度推移の「バラツキ」を計算できます。
特に、BEに対してPBPK modelの応用が期待される理由は、BEにおいては、AUCやCmaxの90%信頼区画の計算が求められるからです。
したがって、PBPK modelによるVirtual BE studyというコンセプト自体は有望なものです。
/// 溶出試験の結果をPBPK modelのインプットデータとして用いる場合、virtual BE studyにならない理由///
しかし、溶出試験の結果(溶出プロファイル)を、そのまま、PBPK modelのインプットデータとして用いる場合、Virtual BE studyというコンセプトは成立しません。
一般に、PBPK modelを用いたvirtual BE studyでは、消化管の生理学的パラメータのバラツキが、生体内での製剤の溶出プロファイル(*)に与える影響を予測したいわけです。
しかし、溶出試験の結果をPBPK modelのインプットデータとしてそのまま用いる場合、シミュレーション時に溶出部分はそのまま固定されます。したがって、シミュレーション内では、生理学的パラメータは溶出プロファイルに影響を与えません。たとえば、pH 6.8における溶出試験データを用いる場合、PBPKソフト側の小腸pHの設定をpH5にしてもpH8にしても、溶出プロファイルは入力したものそのままになります。つまり、この方法では、BE予測で一番大切な、溶出性に対するシミュレーションが、そもそも考慮されていないのです。
Virtual BE studyの論文では、ほぼ100%、市販PBPKプログラムが使用されており、インプットデータとして、溶出プロファイル以外に、pKa、溶解度、粒子径などの薬物固有データが要求されます。また、生理学的データも表示されます。しかし、実際には、溶出試験の結果をインプットデータとして使う場合、これらのデータは溶出部分の計算には使われないわけです。これらの不要なデータをわざわざ入力させるのは、あたかもvirtual BE studyが妥当であるように見せかけるトリックであると言っても過言ではありません。
そのほか、不可解な点が多数あるのですが、virtual BE studyのコンセプトが成立しないということは、上記だけでも明らかだと思います。
それでは、経口吸収性に関する他のプロセス(膜透過や消化管内移動など)については、消化管生理学的パラメータが与える影響を計算できるのでしょうか?
膜透過については、logPeff = AlogPapp + B (Papp: in vitro permeability)という経験式を用いている場合、当然のことながら、pHや消化管構造の個体間/個体内変動を正しく計算することはできません。そもそも、この式はPhysiologically-basedではありません。
メカニズムベースのPeff式を用いる場合でも、今のところ、UWLの厚みやmicroclimate pH等に関する個体間/個体内変動のデータが無いため、Peffの個体間/個体内変動を計算することはできません。
消化管内移動については、個体間/個体内変動に関するデータがある程度ありますので、ある程度は計算出来ると思います。ただし、BE予測に求められるのは、例えばカプセルと錠剤の消化管内での移動の差になりますので、現在の小腸を7つのを直列コンパートメントで表現したモデルで良いのかは不明です。
もちろん、添加剤が、膜透過や消化管移動に与える影響は、現在の市販ソフトでは考慮されません。添加剤のデータは入力しませんので、当たり前なのですが。。。
* 製剤の崩壊、溶出、析出、その他、溶解濃度に与える様々なプロセスを含みます。
/// そもそも、溶出試験の条件は妥当なのか?///
Virtual BE studyに関する多くの論文では、溶出試験として、局法溶出試験が用いられています。(例、パドル法50回転、900 mL, pH 1.2 (HCl)/ 6.8 (phosphate buffer))
しかし、現在、多くの専門家は、現在の局法溶出試験の条件は、実際の生体とは大きくかけ離れており、生体内での溶出プロファイルを、正確に(**)反映させることができないと考えています。
そこで、現在、biorelevant dissolution testが盛んに研究されています。
したがって、溶出プロファイルが経口吸収に影響する場合(=溶出速度律速あるいは溶解度膜透過律速の場合)、当たり前ですが、局法溶出試験の結果を入力に使っても、血中濃度推移の正確な予測はできません。正確に予測できるように見えるのは、middle-out(parameter fitting)が行われているからです。しかしこれは、「予測」ではありません。あえて言えば「幻想」です。
この幻想ゆえに、何度もBE試験を失敗している製薬メーカーがあるようです。この幻想は非常に強力なので、何回かBE試験を失敗した程度では、目が覚めないのかもしれません。
** BE予測には0.8-1.25以下の誤差であることが必要です。
/// どうすれば、virtual BE studyを実現できるのか?///
Virtual BE studyを実現するには、溶出プロファイル全体を予測できるメカニズムベースモデルが必要です。現在のPBPKモデルでは、フリー体原薬の溶出(の単純な場合のみ)の大まかな計算ができるだけです。今後、塩・共結晶の溶出、析出、製剤の崩壊過程、などのメカニズムベースモデルの発展が期待されます。
また、消化管内移動については、胃排泄は非常に複雑で、錠剤や顆粒の半径や比重を考慮に入れた胃排泄モデルが必要でしょう。生理学的パラメータについても、より詳細なデータが必要でしょう。特に、BE試験はcross-overデザインですので、個体内差に関する情報が必要です。
現在、我々、経口吸収の研究者は、日々、頑張って研究しています。
しかし、局法溶出試験+市販PBPK modelで完璧に予測できるという幻想が広まってしまったら、我々の努力は、すべて水の泡となり、サイエンスは終焉してしまいます。このブログで、何度も書いていますが、
The greatest enemy of knowledge is not ignorance, it is the illusion of knowledge.
-DANIEL BOORSTIN/ STEPHEN HAWKING
なのです。”enemy”という強い言葉が使われている意味を、是非ご理解ください。
学会のラウンドテーブルで
先日、薬物動態系のシンポジウムに参加しました。
メインテーマは、PBPKでした。シンポジウムの最後に、ラウンドテーブルがあり、とある製薬企業の研究者から「静脈内投与時のPKデータが欲しい」
という意見がありました。
しかし、同企業からは、同時に、「(Fが小さい場合でも)静脈内投与データ無しで、添付文書に記載できるほど確実に、PBPKで予測できる」という発表もあったのです。
この矛盾した見解が、現在のPBPKの状況を反映しているのかな?と思います。最近では、会社の上層部から、あるいは、社会的にも、IT技術を使うように大きな圧力がかかっているように思います。
”If all you have is a hammer, Everything looks like a nail.”
「ハンマーしか持っていなければすべてが釘のように見える」
https://burnworks.com/news/article/159/
そのMiddle-out approach、大丈夫ですか?(7) DDI予測の本質は?
それでは、現在、Middle-out dynamic PBPK modelが上手くいくとされている、薬物相互作用の予測(DDI予測)は、どういったものなのでしょうか?
ここでまず、「実験データ」と「観察データ」の違いについて考えてみましょう。
「実験データ」:意図的に実験条件を設定して(介入して)、実験を行い、得られた結果です。
「観察データ」:ありのままの状態を観察して得られるデータです。
わかりやすいのは、臨床試験と疫学研究との違いです。臨床試験では、介入因子以外の背景因子は同じになるように、ランダム化が行われます。そして、介入の有無の「差」から、効果の有無を判定します。現在、この方法が、最も信頼性の高い「エビデンス」とされています。一方、倫理上あるいは費用などの点で、臨床試験が出来ない場合、疫学的な研究手法が採られます。
Middle-out PBPK modelにおいては、臨床データを「実験データ」として用いている場合と、「観察データ」的に用いている場合とがあります。DDI予測の場合、モデル構築に強力かつ特異的な代謝阻害剤(例:ケトコナゾール)による介入試験のデータを用いていますので、前者になります。
実際、DDI予測では、
(1) ある代謝酵素(例:CYP3A)について、強力かつ特異的な代謝阻害剤(例:ケトコナゾール)による介入の有無の条件で、臨床試験を実施。
(2) それらのデータの「差(あるいは比)」から、その代謝酵素の寄与率(fm)を逆算(fm(back-calculate))。
(3) fm(back-calculate)から、別の阻害剤とのDDIを予測
(4) その代謝酵素に関与する別の阻害剤を用いた臨床試験データで予測性を検証
(5) 様々な薬物について、その酵素によるDDIを予測
(6) 予測値に基づく臨床での意思決定
ところで、前々回のブログで考察した例では、介入部分以外の背景因子の部分 (by + cz +d)は、引き算の過程で打ち消されていますので、結局のところ、モデル全体からax部分を抜き出して、モデルを構築しています。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/543159
そうすると、DDI予測に必要なのは、複雑なPBPKモデル全体ではなく、一部分だけなのではないか?と考えれます。さらに、DDIは一般にAUC比で評価されることを考えると、クリアランスの部分だけで良いのではないか?となります。(AUC = Dose/ CLなので、分布容積はAUCに関係ないのでしたね?)
実際、CR/IR法、あるいは、in vivo mechanistic static modelと呼ばれる方法で、DDI(AUC比)をかなり良い精度で予測できることが知られています(いくつかの近似を更に加えています)。
https://www.ddi-predictor.org/tools/references
非常に複雑なPBPKモデル全体を使うのと、クリアランスの部分だけを抜き出した簡単な計算式を使うのと、どちらが良いのか?私個人としては、簡単なモデルを使う方が良いと考えています。理由は、
・両者で予測性は変わらない。
・計算を誰でも簡単に再現し、チェックすることが出来る。
・Middle-outに伴う誤謬が、簡単なモデルでは無い。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/522046
Gomez-Mantilla, J. D., Huang, F., & Peters, S. A. (2023). Can Mechanistic Static Models for Drug-Drug Interactions Support Regulatory Filing for Study Waivers and Label Recommendations?. Clinical Pharmacokinetics, 62(3), 457-480.
https://link.springer.com/article/10.1007/s40262-022-01204-4
そのMiddle-out approach、大丈夫ですか?(6) Middle-outの誤謬
Middle-outでは、一般に、以下のようなプロセスでモデルの構築が行われます。
(1) 生理学的パラメータと薬物固有パラメータを、個々の薬物動態過程に関するメカニズムベースモデルに入れて、Bottom-up modelを構築する。
(2) Bottom-up modelを用いて、ある投与条件下における、血中濃度推移を「予測」する(Bottom-up prediction)(Cp(t)pred)。
(3) Cp(t)predと、実測血中濃度推移データ(Cp(t)obs)を重ね合わせた図を作成し、両者を比較する。
(4) 予測が外れたように見える場合(*)、1つあるいはいくつかのパラメータ(あるいはスケーリングファクター(**))を、感度分析により選択し、Cp(t)obsから逆算する。
(5) 逆算されたパラメータを用いて血中濃度推移を計算し(CP(t)back-calc)、逆算の基データであるCp(t)obsと重ね合わせた図を作成する。(あたりまですが、これらは一致します。逆算で合わせに行っているので。。。)
しかし、残念ながら、非常に多くのPBPK論文で、以下のような事態になっています(***)。
(A) Bottom-up predictionが報告されない(隠蔽)。
(B) 逆算した結果(CP(t)back-calc)を、「予測」と報告する(偽装)。
(C) (偽装された)予測値(実際には逆算モデルによる計算値)と、(逆算に用いた)実測値が一致することで、モデルが検証されたとする。
無論、ほとんどの場合、単に無知ゆえに、これらの不正が意図せずに行われているのだと思います。しかし、以下のように、この無知が引き起こす結末は重大です。
「予測」が成功するのは、すべてのパラメータとモデル式が正しい場合にほぼ限られます(****)。また、あるパラメータの逆算は、それ以外のパラメータのエラーを隠蔽してしまいます(*****)。したがって、(A)(B)(C)によって、現在のPBPKは完ぺきという「幻想」が生まれ、誤りは放置されたままになります。
この幻想が社会に与える影響は深刻です。まず、医療関係者や患者に、そのPBPKによる予測が妥当であるという誤解を与えます。また、もし本当にPBPKが完璧ならば、もうこれ以上、研究は不要です。そうすると、薬物動態部門は人員削減されます(実際にされている会社があるのです!)。生き残るのは「モデラー」と呼ばれている人たちですが、PBPKの操作を自動化(標準化)してしまえば、ゆくゆくは「モデラー」もいらなくなるでしょう。やがて、薬物動態研究を志す若手や学生は、いなくなるでしょう。これでは、まるで、天動説が支配していた中世暗黒時代に逆戻りです(******)。
逆算はデータに対してモデルを合わせに行っているだけなのに、何故、われわれ人間は、それを「予測」と錯覚し、正しいモデルだと勘違いしてしまうのでしょうか?
Optimizeボタンを押せば、まるで魔法のように、Cp(t)obsに一致したシミュレーション結果が得られます。この「一致」を見た時、我々の脳は「Aha!合ってる!」となり、多幸感を感じる物質(ドーパミン?)が出ているのではないかと思います(実際、快感を感じませんか?)。そして、予測の「幻想」を見るのではないでしょうか?逆算の過程では、やや複雑な計算がコンピュータ内(魔法の箱)で行われていますが、この魔法のような方法を、直感的に理解するのが難しいため、錯覚が起きているのかもしれません。
まして、魔法を使えば「予測」できると主張する論文が有名製薬メーカーからたくさん出ていたら、魔法が申請資料にいろいろと使われていると言われたら、そして、周りの人たちみんながこの魔法にかかっていたら、皆さん自身もこの魔法にかかってしまうのかもしれません。この集団催眠のような状態(洗脳?)が、現在進行しているのではないでしょうか?
しかし、まず、大学で習ったことを、もう一度、思い出してみましょう。冷静に考えれば、いくつかの関数を組み合わせるだけで、Cp(t)obsに一致する曲線を描くことが出来ることはわかるでしょう。例えば、経口投与後のCp(t)は、指数関数を2つ組み合わせたモデル(パラメータ数はたったの3つ(ka, kel, Vd/F)で表せる場合がほとんどです(PPKではそうしていますよね?)。しかし、PBPKの複雑な数式を前にすると、まるで魔法にかかったように眼が眩んで、分からなくなってしまうのかもしれません。(*******)
私が大げさすぎるのでしょうか?
以下の資料を見てみてください。
https://www.pmda.go.jp/files/common/js/pdfjs/web/viewer.html?file=/drugs/2022/P20221007001/430574000_30400AMX00434_K100_1.pdf
* ほとんどすべての論文でmiddle-outが行われているという事実は、bottom-upが外れるということ、すなわち、生理学的パラメータ、薬物固有パラメータ、あるいは、モデル式の、1つ以上が間違っているということを表しています(****)。
**パラメータの逆算とスケーリングファクター(SF)の逆算は、同じことです。a’ = SF x aとしているだけなので。。。
*** PBPKモデルを自作できるレベルの研究者は、これらの点を十分理解しているので、こういう不正を意図せず犯してしまうことはあまりないと思います。自分で作ったモデルに自分が騙されてしまうこともありますが(ピグマリオン効果)。。。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%A5%E3%82%B0%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%83%B3
**** 例えば、a = b + c + d + e + f …という計算で、aが正しく計算されるのは、b,c,d,e、f…の値がすべて正しい場合にほぼ限られます(エラーが偶然相殺される確率は極めて低い)。すなわち、合計値が合っていれば、b,c,d,e、f…にエラーがある確率は非常に低いと言えます(この性質を利用したエラーチェックをCheck-sumと言います。)。一方、合計値が間違っていた場合、b,c,d,e、f…のどれかにエラーがあります。ただし、どのパラメータが間違っているのかについては、一つ一つ確認しないとわかりません。(感度分析によって、「どの」パラメータを逆算すべきか決めることはできません。感度があるパラメータは複数あるので。。。)
具体的な例として、経口吸収が溶解度膜透過律速の場合、Faの予測値が実測と一致するのは、
Fa = 2DF/R * Peff * Sdissolv * Vsi * Tsi/ Dose
の右辺のデータがすべて正しい場合です。(Faは、右辺パラメータのすべてに、感度があります。)
***** 例えば、a = b + cというモデルがあったとします。Bottom-up予測が、b = 2, c = 3でa(pred) = 5だとします。実測の結果、a(obs) = 10でした。したがって、予測は外れました。そこで、middle-outでbを計算すると、b(back-calc) = 7、a(back-calc) = 10になります(当たり前ですが、a(obs) = a(back-calc) = 10 になります。そうなるようにbを逆算しているのですから。。。)。ただし、この計算は、c = 3が正しいことも、b(back-calc) = 7が正しい値であることも、全く保証しません。実際、cの値はなんだって良いのです。c = -10000000であってもb(back-calc) = 10000010 とすれば、 a(back-calc) = 10 になります。
具体的な例として、経口吸収が溶解度膜透過律速の場合、PeffをCp(t)obsから逆算すると、Vsiのエラーは気付かれないまま放置されることになります。(あるソフトでは、ここ20年間ずっと600 mL(40%)がデフォルトのままですよね?)
******天動説では、既存観測データにに対して、地球中心モデルのパラメータを各惑星ごとに逆算(fitting, fine tuning)していました。
******* まだ、魔法が解けない方は、「自在曲線定規」を想像してみましょう(むかし、パソコンが普及する前は、これを使ってレポートを書いたものです)。自在曲線定規をデータに合わせて曲げることで、データに合った曲線を描くことができます。これは、まさに最小二乗法を直感的に行っているのと同じです。このようにして描いた曲線は、「予測」でしょうか?もちろん違いますよね?
https://bungu-bope.livedoor.biz/archives/13489636.html
それでは、PBPKにおいて、middle-outを全面禁止すべきなのでしょうか?
理論上は、middle-outで構築した部分モデルに関して「予測性」がしっかりと検証されているのであれば、問題は無いと思います(道具主義的(統計モデル的な)な考え方です)。
予測性を検証するには、
(I) モデル構築に用いたデータとは別のデータで検証すること。(test setが必要)
(II) モデルの検証は、予測したい値(予測ターゲット)のtest setで検証すること。
(III) 内挿の範囲で用いること。
(I)については、既に上記で議論しました。
(II)(III)ついては、かなり広く誤解が広まっています。
よく見かける間違いが、単回投与後の血中濃度推移データを用いてMiddle-out PBPK modelを構築
→連投試験の結果で予測性を検証
→モデル全体が検証されたと判断
→食事の影響やDDIを予測できると判断
というものです。
あたりまえですが、これで検証されたのは連投試験の予測であって、食事の影響やDDIの予測ではありません。これは、上記(****)の誤謬とも関連しています。
このようにmiddle-outで構築した部分モデルを統計モデルとして考えるのであれば問題ないのですが、PBPKはそもそも、科学的実在論に立脚しているのですから、道具主義的(統計モデル的)に用いることに、違和感を覚えます。Middle-outにより求めた部分モデルを、Physiologically-basedと呼ぶことに違和感があります。また、予測と実測の一致は、相関であり、因果を示唆するものではありません。理論モデルの検証でもありません。あくまで統計モデルです。メカニズムモデルを検証するには、別途の実験が必要です。
そのMiddle-out approach、大丈夫ですか?(5) 数学部分のまとめ
前回のブログから少し時間が空いてしまいましたので、数学的な部分を、まとめておきたいと思います。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/525329
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/525457
すこし、数学的な用語の説明も加えました。
Middle-outは、PBPKモデルの中の1つあるいは複数のパラメータを、血中濃度推移から逆算する、ということでした。
そこで、まずは「逆算」について、考えましたよね。
中学校の時に、方程式の数(データの数)と未知パラメータ(係数)の数が同じ場合には、データからの逆算でパラメータが一意に求まることを習いました。また、データの数がパラメータの数よりも少ない場合には、解を一意に求めることができないことも習いました(不定と呼ばれていまいたね。)。さらに、大学では、データの数がパラメータの数よりも多い場合について習いました(最小二乗法)(たとえば、HPLCの検量線なら、3点以上の濃度で直線近似(y = ax + b)する場合。)。これらをまとめると
データ数=パラメータ数の場合: パラメータが一意に定まる(決定系)。(モデル式が決定されるのではない点に注意)
データ数<パラメータ数の場合: パラメータが一意に定らない(劣決定系・不定)。
データ数>パラメータ数の場合: すべてのデータを満足できるパラメータはない(優決定系・不能)。この場合、二乗誤差を最小にするパラメータを求める(最小二乗法)。
となります。
https://www.slideshare.net/wosugi/ss-79624897
たとえば、モデル式を
w = ax + by + cz + d
とします。未知パラメータの数は、4つです。入力データ(x,y,z)と、出力データ(w)から、パラメータ(a,b,c,d)を逆算する場合、
データ数 = 4: パラメータが一意に定まる
データ数 > 4: 最小二乗法
データ数 < 4: ???
ですね。
ただし、以下のような注意点があります。
・データ数=パラメータ数の場合(決定)
パラメータが一意に定まるのですが、モデル式が決定されるのではありません。候補となるモデル式が2つ以上ある場合、どちらが正しいのかは定まりません。
たとえば、
y = ax + b
y = ax^b
という2つのモデル式の候補がある場合、どちらでも、(x,y) = (1,2), (5,3)を満たすパラメータが一意に定まります。
・データ数>パラメータ数の場合(優決定・不定)
パラメータ数を増やせば、逆算に用いた既存データに対する相関係数は必ず良くなります。しかし、未知データに対する予測性は、必ずしも良くはなりません。(むしろパラメータ数をなるべく少なくする方が予測性が良くなる場合が多い。(これが「オッカムの剃刀」と言う考え方です。数学的には、赤池情報量基準の考え方に対応します。))
・データ数<パラメータ数の場合(劣決定・不能)
すべてのパラメータを決定することはできませんが、あるパラメータだけは一意に定まる場合があります。たとえば、介入試験のデータが含まれる場合です。PBPKによるDDI予測がこれに該当します。
先ほど議論した、w = ax + by + cz +dというモデルを考えましょう (わかりやすいように、w = ax + (by + cz +d)とします。)
xは介入因子、 (by + cz +d)は背景因子として同じに設定して実験します。結果、以下のようなデータが得られました。
x = 2 or 0 (介入)
w = 10 or 50 (実験結果)
したがって、
50 = 2a + (by + cz +d)
10 = by + cz +d (a0 = 0です)
上の式から、下の式を引くと、by + cz + dは打ち消されるので、
40 = 2a
したがって、a = 20と求まりました。
ここで、パラメータ数は4(a,b,c,d)であり、データは2組なので、不定(劣決定)です。実際、b,c,dは求まりません。しかし、aだけは求まります。劣決定だからと言って、すべてのパラメータが求まらないわけではないです。
次に、血中濃度推移データから、いくつのパラメータを決定できるのか?を考えました。
静脈内投与の場合、血中濃度推移を血中濃度を対数にしてプロットした際に、直線1つになれば2つ、直線2つならば4つでした。血中濃度推移データはバラツキを持っていますから、これ以上はオーバーフィッテイング(過剰適合)になってしまうのでした。
したがって、基本的な考え方としては、非常に多くのパラメータを持つPBPKモデルについて、血中濃度推移データだけからの逆算により、すべてのパラメータを決定(決定あるいは優決定)することはできません。
そもそも、PBPKモデルの基本的な考え方は、メカニズムベースのモデル式をもとに、別途に測定したパラメータ(例えば、血流量やタンパク結合率など)からボトムアップで構築するというものです。
しかし、現在のサイエンスのレベルでは、ボトムアップでは血中濃度推移を正確に(Absolute average fold error < 0.80-1.25)、「予測」することはできません。
そこで、PBPKモデルのいくつかのパラメータを血中濃度推移から逆算する、すなわちmiddle-outという考え方が出てきました。それと同時に、middle-outに関する様々な「誤謬」も始まりました(middle-outと言う用語の功罪は、考えたほうが良いと思います。)
サイエンス・ファクト?
最近、「サイエンス・ファクト 科学的根拠が信頼できない訳 ガレス レン (著), ロードリ レン (著), 塚本 浩司 (監修), 多田 桃子 (翻訳)」という本を読みました。この本では、いかにして科学が、時に誤った方向に進むか?が、様々な事例を含めて紹介されています。それでも、長い目で見れば、社会全体としては、科学は正しい方向へ進んできているのですが、その時々では、陰惨な状態になっていることが多いというのも事実と思います。とくに、誤った説に固執する権威(と学会)に対して、立ち向かった若い研究者が、その後、学会で評価されず、やがて研究者をやめてしまうくだりは、とても心に残りました。
先月末、私の学生が、とある講習会に参加しました。その講習会の資料を見せてもらったのですが、その中に、市販PBPKソフトの使用事例が掲載されていました。
1つは、難水溶性薬物、もう一つは、徐放性製剤の例だったと思います。
もちろん、例にもれず、シミュレーションは完ぺきで、PBPKは有用という結論です。徐放性製剤の例では、大腸からの吸収がかなりの割合を占めていました。
ところが、その資料には、
小腸溶液量: 40% (およそ 600 mLに相当)
大腸溶液量: 10% (およそ 300 mLに相当?)
と記載されていました。これは、市販ソフトのデフォルト値です。
この講習会は、生物薬剤学に関するものではないため、参加者の多くは専門家ではありません。
また、学生がシミュレーションの詳細について質問したところ、講師の方も専門家ではなく、「社内の他の方が行ったシミュレーションなので詳細は知らない」、ということでした。
一方、これまでに小腸溶液量の実測値として報告されている値は、およそ40-200 mLの範囲です(おそらく約100 mL)。また、大腸は、約1~15 mLです。
市販ソフトのデフォルト値とは何倍も違います。
(以下に詳しく説明しましたので、ご興味がある方は、ご覧ください。)
しかし、講習会で、ソフトは正しいと説明されたら、何十名かの受講生は、デフォルト値を(そしてソフトウェア自体を)そのまま信じてしまうのではないでしょうか?これはまさに、上記の本に記載されている、間違ったサイエンスが広まる典型例です。残念ながら、PBPKについては、同じような状況が頻発しているようです。
結果として「PBPKは完ぺきだ」という幻想が広まってしまっています。なかには、実験研究者が人員削減される事態にまで陥っている企業もあります。
過去数十年間、多数の「市販PBPKプログラムは完ぺき」であること示唆する(あるいはそう主張する)論文が洪水のように出版され、世界中の学会で喧伝されてきました。デフォルト値を用いた「(偽りの)完璧な予測」が、これまでにたくさん論文化されています。しかし、ほとんどの場合、パラメータフィッテング(逆算)後のシミュレーションが「予測」と偽って報告されています。また、パラメータフィッテング前の、外れた「予測」は、ほとんど報告されません(隠蔽されています)(Publication bias)。最近では、パラメータフィッテング(逆算)自体も、巧妙なレトリックで隠されています(例えば、recover, adjust, optimize, software estimated。。。最後のは論文の読者を騙しているとしか思えませんが。。。)。そもそも、市販ソフトの詳細が公開されていませんので、しっかりとした査読や再現は不可能です。
ところで、フィッテイングと予測の違いをどれだけの人たちが、しっかりと理解しているのでしょうか?特に専門外の人(例えばマネジメント層)にとっては、見分けが難しいのではないでしょうか?
このままでは、サイエンスが終わってしまいます。
Sugano, K. (2021). Lost in modelling and simulation?. ADMET and DMPK, 9(2), 75-109.
このブログを読んでいる皆さんには、是非、お気を付けいただくと共に、できれば勇気を出して、なるべく正しい方向へサイエンスを進めるのに、ご協力いただければと思います。
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小腸溶液量について
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小腸溶液量について、古くは1950年代に200 mL程度という論文があります。
F. Gotch, J. Nadell, I.S. Edelman, others. Gastrointestinal water and electrolytes. IV. The equilibration
of deuterium oxide (D 2 O) in gastrointestinal contents and the proportion of total body water (TBW)
in the gastrointestinal tract. J. Clin. Invest. 36 (1957) 289–296.
以下には最近のMRIを用いた論文を示します。
Schiller, C., Fröhlich, C. P., Giessmann, T., Siegmund, W., Mönnikes, H., Hosten, N., & Weitschies, W. (2005). Intestinal fluid volumes and transit of dosage forms as assessed by magnetic resonance imaging. Alimentary pharmacology & therapeutics, 22(10), 971-979.
Mudie, D. M., Murray, K., Hoad, C. L., Pritchard, S. E., Garnett, M. C., Amidon, G. L., … & Marciani, L. (2014). Quantification of gastrointestinal liquid volumes and distribution following a 240 mL dose of water in the fasted state. Molecular pharmaceutics, 11(9), 3039-3047.
2つ目の論文が最新データです。アブストラクトをDeepL翻訳すると、
”….12名の健常ボランティアが、240mL(8液量オンス)の水を飲む前に、上腹部および下腹部のMRI検査を受けた。飲水量、検査対象、絶食条件は、健常ボランティアにおけるBA/BE検査の国際標準と一致させた。画像は、胃および腸の総水量、ならびに0.5mLを超える個別の腸内水ポケットの数と容積について処理された。….絶食状態の小腸の安静時水分量は43±14mLであった。水を摂取してから12分後、小腸の水分量は最大値94±24mLまで上昇し、それぞれ6±2mLのポケット15±2個に含まれていた。45分後、コップ一杯の水が胃から完全に空になったとき、腸内の総水量は77±15mLで、それぞれ5±1mLの16±3ポケットに分散していた。”
また、MRIによる測定では、MRIでは見えない結合水(小腸壁の非攪拌水層)があるのではないか?という主張もあります。これに対しては、薬物の溶解に寄与する実効水分量を推定した研究が4件あります。
はじめの2件は、経口吸収の投与量依存性から推定したものです。
これらの研究では、薬物として
(1) pHや胆汁ミセルの影響を受けない(in vitro溶解度 = in vivo溶解度、が信用できる)
(2) 低投与量ではDo < 1で、溶液投与と同じとみなせる
(3) Fa < 1である。
など、上記の目的に合った薬物を、複数選んでいます。
結果、小腸水分量は、116 ~ 130 mLと推定されています。
Sugano, K. (2011). Fraction of a dose absorbed estimation for structurally diverse low solubility compounds. International journal of pharmaceutics, 405(1-2), 79-89.
Maharaj, A., Fotaki, N., & Edginton, A. (2015). Parameterization of small intestinal water volume using PBPK modeling. European Journal of Pharmaceutical Sciences, 67, 55-64.
また、トランポータの阻害濃度から、逆算することもできます。
トランポータの阻害濃度から、Apical側の濃度と細胞内濃度が仮に等しいと仮定した場合の、阻害濃度から逆算すると1.6 Lになります。
しかし、実際には濃度勾配があるので、阻害剤の細胞内濃度は、Apical側の1/10になります。したがって、この結果からは160 mLとなります。
Tachibana, T., Kitamura, S., Kato, M., Mitsui, T., Shirasaka, Y., Yamashita, S., & Sugiyama, Y. (2010). Model analysis of the concentration-dependent permeability of P-gp substrates. Pharmaceutical research, 27, 442-446.
Sugano, K., Shirasaka, Y., & Yamashita, S. (2011). Estimation of Michaelis–Menten constant of efflux transporter considering asymmetric permeability. International journal of pharmaceutics, 418(2), 161-167.
実際、DDIガイドラインでは、消化管水分量を250 mLとした際の薬物濃度の「1/10」が、阻害の推定に用いられています。
さらに、消化管内に直接溶液投与した際の、析出開始濃度からは130 mLと計算されています。
Sutton, S. C. (2009). Role of physiological intestinal water in oral absorption. The AAPS journal, 11, 277-285.
結合水(小腸壁の非攪拌水層の水)の影響は、溶解度-上被膜透過律速(SL-E)と溶解度-非攪拌水層透過律速(SL-U)とで異なる可能性があります。これについては、以下の論文で詳細に議論しています。
Akiyama, Y., Matsumura, N., Ono, A., Hayashi, S., Funaki, S., Tamura, N., … & Sugano, K. (2023). Prediction of oral drug absorption in rats from in vitro data. Pharmaceutical Research, 40(2), 359-373.
最後に(そしてもっとも大切なことですが)、実際、小腸溶液量を130 mLを用いて、Bottom upでヒトFaを予測できます。(これは、コンソーシアムでの検証結果なので、様々なバイアスが少ないと思います。)
Matsumura, N., Ono, A., Akiyama, Y., Fujita, T., & Sugano, K. (2020). Bottom-up physiologically based oral absorption modeling of free weak base drugs. Pharmaceutics, 12(9), 844.
Matsumura, N., Hayashi, S., Akiyama, Y., Ono, A., Funaki, S., Tamura, N., … & Sugano, K. (2020). Prediction characteristics of oral absorption simulation software evaluated using structurally diverse low-solubility drugs. Journal of Pharmaceutical Sciences, 109(3), 1403-1416.
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大腸吸収について
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現在(というか、むかしから)、大腸内の水分量は、非常に少ないとされています。以下、最新の論文です。
Murray, K., Hoad, C. L., Mudie, D. M., Wright, J., Heissam, K., Abrehart, N., … & Marciani, L. (2017). Magnetic resonance imaging quantification of fasted state colonic liquid pockets in healthy humans. Molecular pharmaceutics, 14(8), 2629-2638.
アブストラクトをDeepL翻訳すると、
”….絶食状態の結腸には(平均±SEM)11±5ポケットの静止液があり、総容量は2±1mL(平均)であった。….”
ところで、上記の講習会で示された製剤の例では、実際、臨床において6時間程度まで吸収が持続しており、大腸吸収があることを示しています。
ただし、これは、この薬物の溶解性が極めて良好で、かつ、膜透過性も良好なためです(なお、私が昔いた会社の薬物です。)。
しかし、そうではない薬物では、大腸溶液量として10%を用いた場合、大腸吸収を過大評価してしまいます。(大腸にほとんど水が無いからこそ、OCASという製剤技術が有効な訳です。製剤研究者は良くご存知ですよね?)
また、当該市販ソフトウェアでは、脂溶性薬物の大腸の膜透過速度がとても高い値に計算されます(ASFがそう計算されます)。私の記憶が正しければ、たしかUsshing chamberにおける結果から、そのような計算式が導かれていると思います。これは、とある先生から伺ったのですが、Usshing chamberでは、筋層の除去の具合により膜透過性が変わるそうです。大腸は筋層をはがしやすいので、上皮膜律速ではない薬物(=脂溶性が高い薬物)では、膜透過係数が高くなるそうです。In vivoでは、上皮膜直下に血流が流れているので、筋層の影響はありません。また、ヒトにおいて大腸の膜透過が遅いという報告は複数あります。膜の構造を考えても、襞構造や絨毛がないので、膜透過が低くなります。
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サイエンスって、なんだろう?
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それでは、40%(600 mL)という市販ソフトのデフォルト値は、何を根拠にしているのでしょうか?
以前、その市販ソフトでは、100%(1500 mL)が用いられていました。その後、40%(600 mL)に変更されました。10年以上前に、この理由をメーカーに尋ねたことがあるのですが、1500 mLから急に100 mLにすると、既存ユーザーが困るから。。。という説明でした。
もちろん、サイエンスである以上、間違いはつきものです。私自身にも、きっと、確証バイアス(confirmation bias)があると思います。
将来的に実は600 mLだった、ということになる可能性も、ゼロではありません。今後、より多くの実験データが出てくることを期待したいです。
そこで大切なのは、後々、第3者が再現性を確認できるように、論文を書くことです。PBPKであれば、すべての数式とパラメータを公開することです。
これは、サイエンスとしての最低条件です。
このサイエンスの規範は、STAP細胞事件においてすら、守られていたことです。(STAP細胞の事件では、プロトコールが公開された結果、科学の自己修復機能が働きました。)
現在のPBPKは、果たしてどうでしょうか?
4級アンモニウム化合物の食物および胆汁ミセルへの結合
食後投与による経口吸収率の低下は、”Nagative food effect”と呼ばれています。Nagative food effectが臨床で観察されるのは、ほとんどの場合、消化管上皮膜律速(PL-E)の薬物です。*
これまで、nagative food effectには、様々なメカニズムが提唱されてきました。なかでも、「胆汁ミセルへの吸着により、非結合型(フリー)薬物濃度が低下し、消化管上皮膜の膜透過速度が低下する(free fraction theory)。」というメカニズムは、in vitro, in situ, in vivo,さらには臨床試験などの多数の実験データにより、最も強く指示されています。
以前、Akiyamaらは、Caco-2細胞を利用して、胆汁ミセルによるnagative food effectを定量的に予測可能であることを報告しています。この論文では、塩基性薬物については、良い相関が得られていました。しかし、4級アンモニウム化合物(quaternary ammonium compound (QAC))については、相関から外れることがわかりました。QACの経口吸収は、食後投与では顕著に(70%以上)低下することが知られています。したがって、QACに関してはnagative food effectのメカニズムが不明であることは大きな課題でした。
ところで、食後の消化管では、胆汁ミセルと共に食事成分が存在しています。そこで、今回の論文では、食事成分へのQACの吸着について検討しました。
https://pub.iapchem.org/ojs/index.php/admet/article/view/2023
モデル薬物としては、trospium, propahnthelineおよびambenoniumを用いました。フリー濃度は、動的透析法で測定しました。結果、胆汁ミセル単独(FeSSIF)と比較して、胆汁ミセルとFDA breakfastホモジネート(BFH)を混ぜた場合、フリー濃度がより大きく低下し、臨床におけるnagative food effectをほぼ定量的に説明できることがわかりました。
今後、FeSSIF + BFHと動的透析法の組み合わせは、nagative food effectを検討するための良いツールになると思います。
*PL-Eのすべてでnagative food effectが観察されるのではないです。PL-Eの一部のみです。PL-Eは、おおよそBCS IIIに相当しますが、律速段階に基づいて議論する方が解りやすいので、ここではFaRLS分類で議論します。
Dissolution to Cp time profile
溶出試験のデータから血中濃度推移を予測するエクセルシートを作成しました。
ADMET and DMPK impact factor for 2022
ADMET and DMPKに、インパクトファクター(IF)がつきました。
https://pub.iapchem.org/ojs/index.php/admet
IF 2.5ということで、比較的最近始まった雑誌としては、かなり良い値でした。
Reviewerがしっかりとしていて、レベルの高い論文が集まったということかな?と思います。
ADMET and DMPKは、IAPCが運営しているpeer-reviewed journalです。IAPCとPhysChem Forum Japanは、以前、合同でシンポジウムを開いております。
ADMET and DMPKは、APCが無料のオープンアクセスジャーナルです。インパクトファクターも付きましたので、みなさま、是非、ご投稿ください。
そのMiddle-out approach、大丈夫ですか?(3)
これまでのブログで、以下のような考察が得られました。
・Middle-out approachを行うのは、Buttom-up予測が外れたから。(外れた結果を隠さないで!!!科学が発展しなくなってしまいます)。
・1つの血中濃度推移データから逆算できるパラメータ数は少ない(せいぜい1-2個まで?)。
・血中濃度推移データからパラメータを逆算した適合PBPKモデルは、その血中濃度推移データを「記述」しているのであり、「予測」しているのではない。
それでは、Bottom-up予測が外れた場合、PBPKの数多くのパラメータの中から、どのパラメータを選んで、逆算すべきなのでしょうか?
(H)できれば、あとから選ばなくてよい状況にしよう!
まずはじめに、この疑問を抱くということは、パラメータの逆算を、あらかじめ視野に入れた試験計画ではなかった、ということですね。もし、はじめから計画していたのでしたら、迷わずに、そのパラメータを選択するでしょう???
実験データから決定できるパラメータは、実験データの組によります。特異的阻害剤併用の有無における血中濃度推移データからは、その阻害剤が阻害するクリアランス経路の寄与率を決定できます。
繰り返しになりますが、逆算したいパラメータに合わせて、そのパラメータを逆算できる試験計画にすべきということです(例えば、Fを求めるには、i.v.とp.o.が必要ですよね)。
しかし、実際には、あらかじめ逆算に用いることを前提とした試験になっていない場合もあるでしょう? その場合、どのパラメータを選びますか?
現在は、ひとにより、それぞれです。各自が、好き勝手に決めています。それって、大丈夫なのでしょうか?そんなことをしたら、各自(各社?)、自分が有利になるようにパラメータを勝手に選んでしまうのではないでしょうか?
残念ながら、現在はそうなっています。
(I)感度分析で何がわかるのか?
逆算するパラメータを選ぶために、感度分析がしばしば利用されます。感度分析を用いれば、客観的にパラメータを選ぶことが出来るのでしょうか?
答えは、Yesであり、Noです。
まず、Yesから説明します。
当たり前ですが、あるパラメータを変化させても計算出力値に影響がない場合(感度が無い場合)、そのパラメータは試験結果から逆算できません。つまり、感度分析では、逆算できないパラメータはどれなのか?がわかります。
(前回のブログで説明した最小二乗法を考えれば、パラメータを変化させても計算出力値が変化しないのであれば、残差も変化しません。残差平方和はパラメータに依存せず一定になり、極小値が無いので最適化できない(逆算できない)ことがわかります。)
一般に、速度論において、出力値に影響を与えるのは、一連の反応プロセスの中で「律速段階」となる反応だけです。したがって、律速段階以外のプロセスのパラメータを試験結果から逆算することは出来ません。
重要なのは、律速段階を把握することであり、感度分析はその1つのツールにすぎません。まずはじめに、律速段階を把握することに注力しましょう。これは、薬物動態に限らず、すべての速度論に共通して、基礎となる、最も重要なことです。律速段階を把握するには、各過程の速度定数を計算して比較すればOKです。感度分析だけに頼るのは、かえってモデルの理解を妨げてしまいます。感度分析は統計的Black boxモデルには有用なのですが、PBPKはメカニズムベースなので、各過程の速度定数を計算できます。
次にNoについてです。
PBPKモデルでは、律速段階が複数のパラメータで表されます。
例えば、肝クリアランスでは
CLh = fup x CLint(肝血流量よりも、十分低い場合)
したがって、感度分析をすれば、fupもCLintも同じようにCLhを変化させます。タンパク結合率と固有肝クリアランスのどちらを逆算すべきか?は感度分析からは解りません。通常は、タンパク結合率はin vitroで正確に測定できると別途に仮定して、CLintを最適化します。しかし、この仮定は正しくないかもしれないです(fup < 0.01では正確に測定するのが難しいので。。。)。実際には、肝以外にもクリアランス経路があるかもしれないですし。。。
まとめると、感度分析では、どのパラメータを逆算できないかはわかりますが、逆算できる可能性のある多数のパラメータから、どれか1つを選ぶことはできません。。
(J)スケーリングファクター?
それでは、パラメータを選ぶのはあきらめて、思い切って、エラー補正ファクター(ECF)を新たに導入し、それを逆算しよう!と考えるかもしれないですね。例えば
CLh = ECF x fup x CLint(肝血流量よりも、十分低い場合)
ここでは、fupとCLintは、in vitroからの予測値そのままになります。
まず、はじめに気を付けないといけないのは、ECFには実体がないということです。したがって、PBPKの本来の方向性に反して、実体のないものをPBPKに持ち込むということです。つまりは、経験モデルが持ち込まれますので、その使用は経験モデルの使用ルールに従うべきです(内挿に限るとか。。。独立したデータ(テストセット)で検証が必要とか。。。)。
また、ECFを逆算することと、他の何かのパラメータを逆算することは、数学的に同じです。
ECF x fup,in vitro = fup,逆算
と、ひとまとめにできますので。。。
ただ、ECFを用いたほうが誤解が少ないでしょう。
ECFは、一部の市販PBPKソフトでは別名スケーリングファクターと呼ばれています。しかし、これは大きな誤解を招く表現なのではないかと思います。スケーリングファクターとは、一般には、相似形の比(スケール)を換算する際に用いる用語です。
さらなる注意点もあります。もちろん、ECFを導入して、それを血中濃度推移から逆算すれば、得られた適合モデルは、元となる血中濃度推移にぴったりと一致します。しかし、このことは、モデルが正しいことを示しているのではありません。さらには、他のパラメータが正しいわけでもありません。たとえば、CLintが10倍低く間違っていても、ECFを10倍すればよいため、エラーはすべてECFに隠されてしまいます。しかし、血中濃度推移にぴったりと一致したシミュレーションを見たら、CLintが正しいと錯覚してしまうのではないでしょうか?実際、この結果からは、in vitroから予測したCLintとfupについて、どちらが、どれだけ、間違っているのかはわかりません。このような状態で、次の別の条件下での結果を予測しても良いのか?疑問ですよね?
これらの注意点がありますが、律速段階の部分のモデル式に、1つだけECFを導入して、それを逆算することは可能でしょう。その方が、複数のパラメータを最適化してしまうリスクは無くなります。
ただ、それならば、いっそのこと、律速段階の速度論的パラメータ(例えば吸収速度定数(ka))を、そのまま丸ごと逆算し、次の予測に用いるということも考えられます。その方が、誤解が少ないです(人類のこれまでの経験から、一般には、不必要に複雑なモデルを用いるのは良くないとされています(オッカムの剃刀)。
それでは、次のブログでは、ある条件下で得られた適合PBPKモデルの、他の条件に対する予測性をどのように検証(validation)していくべきかを議論します。
そのMiddle-out approach、大丈夫ですか?(2)
前回のブログで、血中濃度推移から何個のパラメータを決定できるか?お話ししました。
横軸を時間、縦軸を血中濃度(Cp)の対数(lnCp)としてプロットしたとき、直線っぽくなる部分の数が1つなら2個のパラメータ、2つなら4個のパラメータまでです。それ以上のパラメータを決定することは、過剰適合になってしまうので、出来ないのでした。
それでは、パラメータ数が非常に多数あるPBPKモデルにおいて、血中濃度推移からパラメータ値を逆算できるでしょうか?もちろん、PBPKモデルのすべてのパラメータを、血中濃度推移から決定することはできません。したがって、middle-outでは、多数あるパラメータの中から、少数を選んで逆算することになります。
ここからは、PBPKモデルにおけるmiddle-out approachについて考えていきますが、まずはじめに、どうしてmiddle-outが提唱されてきたのか?考えてみたいと思います。
(D)なぜmiddle out approachが必要なのか?
PBPKモデルは、そもそも、生理学的パラメータと、物性データやin vitroデータから、血中濃度推移を”予測”することを目指しています(これをBottom-up予測と言います)。PBPKは、そもそもコンパートメントモデルとは全く方針が違うのです(コンパートメントモデルは、もしろ、物理的実体を反映していない(統計的な)経験モデルの仲間と言えるでしょう。)。
したがって、血中濃度推移からのパラメータ逆算、すなわち、middle-out approachは、本来のPBPKの方向性とは異なります。まず、このことは、しっかりと認識しておきましょう。(僕が頭が固い!のかもしれないですが。。。)
それでは、なぜ、多くの論文で、血中濃度推移からのパラメータ逆算(top-down)が、PBPKに取り入れられているのでしょうか?
(Bottom-upとtop-downを混ぜているので、middle-outと呼ぶようです。)
理由は、現在の我々の知識では、bottom-upでは、血中濃度推移を十分な精度で予測することが出来ないからです。(ここでは、「十分な精度」は、実測値の0.8-1.25倍程度をイメージしてください。)
現在、bottom-upによる予測精度は、静脈内投与後の血中濃度推移で3倍程度以上の誤差があり、経口吸収率(Fa)についても2倍程度の誤差があります(フリー体原薬の場合)。このことも、しっかりと認識しておきましょう。
大変残念ながら、多くのPBPK論文では、bottom-upによる外れた予測結果は隠蔽されています。これは科学論文として、決して良いことではありません。
(PBPKの論文を書かれる方は、bottom-up予測が外れた結果も、必ず載せてください。予測が外れることは、恥ずかしいことではありません。むしろ、科学の発展につながる大切なことです。しかし、外れた予測を隠蔽するのは、科学者として恥ずかしいことです。)
Bottom-upでは予測精度が足りない。現在のPBPKは、まだまだ不十分だ。では、どうするか?
もちろん、正攻法は、in vitro試験法、生理学的パラメータ、数理モデルの研究を発展させることです。これを忘れてはいけません。忘れてしまうと、薬物動態研究は、終わってしまいます。薬物動態には、まだまだ研究すべきことがたくさんあります。
でも、現実問題として、何とか今すぐに、血中濃度推移を精度よく予測したい。例えば、FIH試験(健常人、単回)における血中濃度推移データをPBPKに活用して、他の条件下における予測精度を向上できるのではないか?そこで、middle-outという考え方が、出てきました。(なお、PBPK以外の予測方法もあります。PBPKがすべてではないです。)
ここで、赤色を付けた単語に注意してください。FIHの血中濃度推移データを記述できるか?ではありません。他の条件下の予測です。
(E) 何個のパラメータを血中濃度推移から決定できるのか?
静脈内投与の血中濃度推移からは、何個までパラメータを決定できるのでしょうか?これまでの議論を思い出すと、せいぜい2から4個程度だろうと考えられます。
経口吸収モデルのパラメータを逆算するには、さらに経口投与後の血中濃度推移が必要になります。これまでの議論を思い出すと、これで逆算できるパラメータ数は、たったの1つだったのでしたね?
このように、血中濃度推移から決定できるパラメータ数には、数学的な制限があります(”次元の呪い”)。したがって、これ以上の数のパラメータを逆算(パラメータフィッテイング)している論文は、信用できません。
コンパートメントモデルの例を見ればわかる通り、ほんの少数のパラメータだけを持つ数理モデルでも、血中濃度推移に適合するようにパラメータを逆算すれば、ほぼ完ぺきに血中濃度推移を「記述」できます。同様に、PBPKモデルでも、少数のパラメータを逆算すれば、ほぼ完ぺきに血中濃度推移を「記述」できます。しかし、前回のブログでも議論したように、この完璧に見える「記述」は、PBPKモデルが正しいことを示しているわけではありませんし、予測性が良いことを示しているのでもありません。「予測」と「(フィッティングによる)記述」は全く違います。これらを取り違えて、市販PBPKソフトウェアを信じてしまう人たちが後を絶ちません。とくに、経験が浅く、ウェットの実験をしたことがない方、是非ご注意ください。
(F)どうやってパラメータを決定するのか?
では、PBPKモデルのようにパラメータが多数あるモデルにおいて、ある1つのパラメータを決定するにはどうすれば良いのでしょうか?(多数あるパラメータの中から、どのパラメータを選ぶかについては、後ほど議論します。)
ここでは、前回のブログで扱った数式をもう一回考えてみましょう。
w = ax + by + cz + d
というモデル式があるとします。a,b,c,dの四つのパラメータをすべて観察結果から決定しようとすれば、最低限4組のデータポイントが必要です。
しかし、aだけを決定するのであれば、実は2つのデータポイントだけで済みます。
どうやって???
まず、ある組の条件(x1,y1,z1)で、1回実験をします。ここで得られた結果をw1とします。
w1 = ax1 + by1 + cz1 + d
次に、xを0に設定し(x = 0となるように「介入」し)、他の条件はそのままでもう一回実験します。ここで得られた結果をw2とします。
w2 = by1 + cz1 + d
上の式から下の式を引くと
w1-w2 = ax1
です。したがって、
a = x1/(w1-w2)
となってaを求めることが出来ました。この方法は、モデルのパラメータ数がいくつに増えても適応できることは、すぐに解りますね?ax以外の項は、引き算ですべて消えてしまいますよね?
(これは、大学生が研究室で研究を始める際に、一番初めに習うことと基本的に同じです。実験で、ある要因の効果を調べたい場合、その要因以外の条件はすべて同じにしなさい、と先生から習ったと思います。そうすれば2つのデータを比較することで(=引き算することで)、答えが出ます。実験条件を2つ以上同時に変えてはダメですよね。)
ここで大切なのは、x = 0となる条件で試験を行うことです。例えば、ある代謝酵素について、特異的かつ強力な阻害剤を同時投与した場合が、これにあたります。
CLが、いくつかの経路の足し算、
CL実測 = CL1 + CL2 + CL3 +++++
で表せる場合、CL1に対する阻害剤が無い場合とある場合の実測データがあれば、
CL1 = CL実測阻害剤あり-CL実測阻害剤なし
となって、CL1を計算できるのでした。この結果を基にして、”別の”薬物を同時投与した際のCLを”予測値”を計算できることになります。(予測値を計算できることと、その予測の精度が良いか?は別問題です。例えば、天気の予測値を出すこと自体は、下駄投げでもできます。しかし、それでは当たりませんよね。予測”できる”という単語に2重の意味が入っていることもありますので注意しましょう。)。
ここで、一つ重要なことがあります。それは、この方法は、複雑なPBPKモデルでなくても良いということです。実際、mechanistic static modelでも、同様に、薬物相互作用を予測できます。予測精度も、動的なPBPKと同程度であることが知られています(FDAへの申請書を解析した結果の論文があります)。それでは、複雑なPBPKと簡単なmechanistic static modelのどちらが良いのでしょうか?これについては、また別の機会に議論します。
ここでは、簡単なmechanistic static modelでも、PBPKと同程度の精度で予測できると言うことだけ述べておきます。Mechanistic static modelは、多数の組み合わせのDDIで”予測”性が系統的に検証されています。したがって、エビデンスレベルが高いです。PBPKによる”予測”のエビデンスレベルは???ソフトウェアメーカーの宣伝を鵜呑みにしないで、是非、各自で調査し、考えてみてください。)
実は、この方法は、x = 0でなくて、x = 0.5の場合でも使用できます。また、特異性が低く、複数の酵素を阻害する場合でも、その分、いろいろな薬物と併用時の血中濃度推移を複数組み合わせて同時に解析すれば、パラメータを逆算できます(計算はややこしくなりますが)。その他、代謝物プロファイルと組み合わせるなど、様々な解析方法も考えられます。ただ、いずれにせよ、実験データの数は、逆算するパラメータ数より多い必要があります。次元の呪いを乗り越えることは出来ません。また、データの数が増えれば、その分、不確実性も増えます(in silicoだけをやっている人にはわからないかもしれないですが、実験データとはそういうものです。)。したがって、あるパラメータを確実に逆算するには、可能な限り、強力かつ特異的にx = 0となるような方法を選びます。つまり、パラメータを決められるように、あらかじめ試験計画を立てることが肝心です。医薬品開発では、臨床試験計画を自ら立てられるのですから、確実にパラメータを逆算できる試験計画を立てましょう。逆説的になりますが、そのためにBottom-upのPBPK予測を使うのは、とても有用だと思います。
(G)パラメータ最適化とはなにか?
これまでの説明では、非常に簡単な数理モデルを用いていました。これらの場合、足し算引き算程度で、実測データからパラメータを逆算できました。
それでは、より複雑なモデル、特に、非線形と呼ばれるモデルでは、どのようにしてパラメータを血中濃度推移から逆算するのでしょうか?
一般に用いられるのは、最小二乗法と呼ばれる方法です。最小二乗法では、数理モデルにより記述される曲線と実験データポイントの間の「距離」が「最も短く」なるようなパラメータ値を逆算します。
データとデータの距離とは何でしょうか?
ある1つのデータポイントについて、実験値と、モデルによる計算値との間の距離(残差)は
s = (実験-計算)^2
として表せます。ここで2乗するのは、距離がマイナスになってしまうのを防ぐためです。これを残差平方と言います。
すべてのデータポイントについて、残差平方を足し合わせたものは、残差平方和あるいは二乗和(sum of square)と呼ばれます。
ss = すべてのデータポイントの残差平方を合計した値
そして、残差平方和(ss)が最少になるパラメータの値を探すことで、実測データに最もよく適合した数理モデルを作成できます。
これが、最小二乗法と呼ばれる方法です。
(ssは2乗和なので、必ず、0以上で最小になる値があります)。
それでは、どうやってssが最小になるパラメータ値を探すのでしょうか?
これには、いくつかの方法があります。
代表的な方法は、ニュートン法と呼ばれています。
ニュートン法を理解するために、曲線の上を歩くアリさんになったと想像してみましょう。
この図で、横軸は求めたいパラメータ、縦軸は最小二乗法です。
アリさんには、谷底まで行ってね、と伝えておきます。すると、アリさんは坂が下っている方向に歩いていきます(アリさんは、足元の傾斜はわかるので)。しばらくすると、今度は、上り坂になりますので、その直前でとまります。これで、無事に谷底に到達しました。めでたし、めでたし。
このように、ある元のパラメータ値(初期値)から出発して、坂が下る方向へ向かい、残差平方和が最少になる場所を探す方法をニュートン法と言います。上り下りの方向は、傾きから計算します。ニュートン法では初期値からパラメータ値をずらしながら谷底を探すので、「最適化(optimize)」や「調整(adjust)」などと呼ばれています。しかし、これらの言葉が与えるニュアンスとは異なり、実際には、元の値とは全く違う値になる場合も多いです。なお、この機能は、エクセルではsolverと呼ばれています。
この図の場合、初期値は図中のどこから出発しても良いです。PBPKでは、初期値としてin vitroからの予測値を用いている場合が多いと思います。しかし、in vitroからの予測値を微調整しているわけではありません。単に出発点してとりあえず使っているだけで、最適化後の値は、基本的に初期値とは無関係です。勘違いしないようにしましょう。
自分は、ニュアンスが間違って伝わらないように、逆算(back calculation)と呼ぶようにしています。例えば、前回のブログにおける、連立方程式を解く場合を思い出してみてください。パラメータの逆算に、初期値は必要ありませんよね?先ほどの阻害剤存在下データからのCL1の計算も同様に、初期値は必要ありません。
(ベイズ統計を用いれば、in vitroからのパラメータ予測値をin vivoのデータで更新することもできます。しかし、ニュートン法では元のデータは関係ありません。初期値は、あてずっぽうでも構わないと言えば構わないのです(収束するかは別にして))。
ちなみに、アリさんのように徐々に探していくことも可能ですが、ほかにも、キリギリスさんのように、ピョンピョン飛びながら探すことも可能です(simplex法のイメージ)。
今度は、次の図のように、谷底が幾つかある場合を考えてみましょう。
先ほどと同様にアリさんには谷底まで歩いてもらいます。この時、それぞれのアリさんで、たどり着く谷底が違います。我々が求めたいのは、残差平方和が最小になるパラメータ値ですので、例えば、左端から歩くアリさんは困ってしまいます(このアリさんがたどり着いた解を、局所解と言います)。
解決策の一つとしては、様々な初期値から探索を繰り返して、一番低い場合を選択するという方法が考えられます。
このように工夫すれば、局所解にトラップされてしまうという問題はある程度回避できます。しかし、これで、”次元の呪い”を回避できるわけではありません。あくまで、局所解にならないための工夫です。誤解されないように。。。
このようにして、パラメータを1-2個選び、血中濃度に適合(フィッティング)するように逆算すれば、血中濃度を記述できるPBPKモデル(適合モデル)が完成します。(繰り返しになりますが、”予測”ではありません。)
それでは、PBPKモデルの中の、どのパラメータを選んで、逆算すべきなのでしょうか?そして、ある条件下における既知データに対して得られた適合PBPKモデルについて、他の条件に対する”予測”性は、どのように検証すれば良いのでしょうか?これについては、次回のブログで考えていきたいと思います。
そのMiddle-out approach、大丈夫ですか?(1)
現在、生理学的薬物動態モデル(Physiologically-based pharmacokinetic model, PBPK)の論文が、多数報告されています。市販プログラムを用いた研究が多いのですが、そのほとんどすべてにおいて、薬物ごとに、臨床試験の結果に合うようにモデルのパラメータを再計算した、いわゆる「Middle-out approach」が行われています。しかし、私には、ほとんどすべてのMiddle-out approachは、不適切に実施されれているように思われます。「Middle-out approachは、絶対にダメだ!」と言わないのは、ほんのわずかではありますが、正しく実施されている例もあるためです(全体の1%以下かなぁ~?)。そこで、Middle-out approachを適切に行うにはどうしたらよいのか?考えてみたいと思います。非常に複雑なPBPKモデルについてMiddle-out approachを考えるのは難しいので、簡単なモデル式を使って考えていきたいと思います。
(A)まずは、中学校数学の復習から。。。
中学校の時に、連立1次方程式について習いましたよね?
y = ax + b
という方程式のaとbを求めるにはどうすればよいか?という問題です。
ここでは、この式を、xという条件で実験をすると、yという値が得られる、という数理モデルとして考えます。
この場合、aとbを求めるには、xとyの組が、2つ必要です。
例えば
x = 1, y = 3
x = 2, y = 5
という実験データが得られた場合、
3 = a + b
5 = 2a + b
なので、上の式から、下の式を引いて、
-2 = -a
つまり
a = 2
です。これを上の式に代入すると、
3 = 2 + b
なのでb = 1。
しかがって、
y = 2x + 1
という式が得られました。
実際に、データを入れて試してみると
x = 1の時、y = 2×1 + 1 = 3
x = 2の時、y = 2×2 + 1 = 5
になりました。めでたし、めでたし。。。
(後述しますが、このことからわかるのは、実験結果に合うようにパラメータを逆算した場合(調整、最適化などとも言われますが)、逆算(=モデル構築)に用いた実験条件とその結果の関係をドンピシャで記述できるということです。このことと、異なる実験条件xから未知の実験結果yを「予測」できるかは、まったく別問題です。当たり前のことに思われるかもしれませんが、実際にはかなり混同されています。)
では、もし実験データが1組しかなかったら、どうなるでしょう?
モデル式y = ax + bに対して、実験データが
x = 1, y = 3
だけの場合を考えると、
3 = a + b
になります。
この数式を満たすaとbの組み合わせは、無限にあります。(a, b)= (0, 3), (1,2), (-1, 4)などなど
したがって、データが1組では、aとbを同定することはできません。(Un-identifiable)
同様に、
z = ax + by +c
の場合には、a,b,cを決めるには3つ以上の実験データの組が必要であり、
w = ax + by + cz + d
の場合には、a,b,c,dを決めるには4つ以上の実験データの組が必要です。
つまり、最低限パラメータ数だけ、実験データの組が必要です。
これは、どんなに高度なスーパーコンピュータを使っても、どんなアルゴリズムを使っても、絶対に回避することはできません。
(B) 検量線の話
さてところで、実際の研究では、
y = ax + b (1)
のaとbを、たった2組の(x,y)のデータポイントだけで決定することはありません。
例えば、検量線を作成する場合、少なくとも4-5点のデータポイントを採るでしょう。
ここで、仮に6つの実験データがある場合(図1)、
y = ax^5 + bx^4 + cx^3 + dx^2 + ex + f (2)
という別の数理モデルを使いたくなるかもしれません。
式(1)と式(2)、どちらを使うのが良いでしょうか?
(2)の場合、6個のパラメータ(a – f)を決めることができます(モデルを構築することができます)。しかも、この場合、すべてのデータポイントを通る曲線を描く(記述する)ことができます。すごいですね?!
しかし、この場合、構築したモデルを用いて、次のxからyを予測できるでしょうか?
図1を見ればわかる通り、予測に関しては、むしろ(1)の直線式を用いたほうがよさそうです。
パラメータ数を増やして数理モデルを複雑にすれば、既存データへのフィッテイングは必ず良くなります(相関係数は必ず良くなります)。
しかし、そのことで予測性が良くなるとは限りません。
数理モデルをより複雑にして、モデル構築に用いたデータ(training set)に対するフィッテイング(記述性)を良くしても、かえって予測性が下がってしまう場合があります(というより、よくあります)。これは、過剰適合(過剰学習)と呼ばれています。
「記述」と「予測」は全く異なること、モデルの選択は「記述性」ではなく「予測性」に基づいて行うべきであることは、是非覚えておいてください。一般に、予測性の検証は、モデル構築に用いていない、独立したデータ(test set)を用います。
過剰学習を防ぐには、フィッテイングの良さとパラメータ数のバランスを考える必要があります。一般には、観察結果を再現できる範囲で、なるべくパラメータ数を少なくするようにします。数学的には、赤池情報量基準(AIC)を計算します。AICの考え方は、古くから科学を導く指針とされてきた「オッカムの剃刀」と同じです。AICについては、各自お調べいただければと思います。数学的に、AICによるモデル選択は、データ数が多い場合、leave-one-out法による結果と同じになるのだそうです。
(非常に多くのPBPK論文で、フィッテイングに用いた臨床データに対するモデルによる記述が「予測(prediction)」として記載されています。臨床データに対してパラメータを当てはめているのですから、うまくあてはまって当たり前で、それを「予測」と言うのは間違いです。無知ゆえにそのように記載してしまっているのであれば研究者として勉強不足としか言いようがないですし、意図的に行っているのであればそれは捏造です。)
あと、もう一点、検量線で大切なことは、検量線が成立するのは、検量線の作成に用いたデータの範囲(内挿)に限られるということです。すなわち、観察データからパラメータを逆算した場合、その適応範囲は、内挿(interpolation)に限られます。
(C)薬物速度論の場合
以上のことは、薬物速度論とはどんな関係があるのでしょうか?
例えば、静脈内投与後の血中濃度推移(Cp(t))として、図2Aのようなデータが得られたとします。
この時、縦軸の対数を採ると、図2Bのような直線関係が得られます。
したがって、このデータからは、2つのパラメータ(傾きと切片)を決定することができます。
1次反応速度を仮定すると、
Cp(t) = A exp (-a x t) (1コンパートメントモデル)
対数を採ると
ln Cp(t) = -a x t + ln A (y = ax + bと同じ形の数式)
したがって、傾きがa、切片がlnAになります。
もし、投与量(Dose)が分かっていれば(通常、分かっています)、Aから分布容積Vdを算出できます。
A = Dose/Vd
aは一般には、消失速度定数(kel)と呼ばれます。Vdが求まれば、kel = CL/Vdの関係から、CLを決定できます。
同様に、図3Aのようなデータの場合、縦軸の対数を採ると、2つの直線が現れます。したがって、この場合、4つのパラメータを決定することができます。
Cp(t) = A exp (-a x t) + B exp (-b x t) (2コンパートメントモデル)
さらにパラメータ数を増やせば、フィッテイングは良くなりますが、過剰適合に陥ってしまうかもしれません。
それでは、どのようにして数理モデルを選べばよいのでしょうか?グラフの見た目から何となく選んでも良いのですが、より数学的には、赤池情報量基準(AIC)を計算します。
なお、経口投与後の血中濃度推移の場合、通常3つのパラメータを同定できます。
Cp(t) = A ka/(ka-kel) (exp (-kel x t) – exp (-ka x t))
A = Dose x F/Vd
Fは、バイオアベイラビリティーです。
経口投与後の血中濃度推移データだけでは、VdとFを分離して個々に決定することはできません。VdとFを求めるには、別途、静脈内投与後の血中濃度推移が必要です。
さて、それでは、パラメータ数が数十から数百もある非常に複雑なPBPKモデルのパラメータを、血中濃度推移データから同定できるでしょうか?また、同定できたとして、構築されたモデルの「予測性」はどうなるでしょうか?
これは、次回のブログで説明したいと思います。
各pH緩衝液おける粒子表面LLPSの予測
今回ご紹介する論文は、薬物塩の溶出中に発生する粒子表面LLPSの予測についてです。以前、薬物塩の溶出中に、粒子表面でフリー体の液液相分離(LLPS)が起きることを報告しました(1)。その後、この現象についての理論を構築するため、塩表面におけるpH(pH0)の予測方法を確立しました(2)。さらに、固有LLPS濃度の測定方法についても、検討してきました(3)。今回は、いよいよ本命の、粒子表面LLPSの予測です。
Prediction of Liquid–Liquid Phase Separation at the Dissolving Drug Salt Particle Surface
Taiga Uekusa and Kiyohiko Sugano
https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acs.molpharmaceut.3c00157
薬物の固有物性値(Ksp, pKa,拡散係数)と、緩衝液の値(pH, pKa, 拡散係数)から、粒子表面LLPSの発生の有無を予測しました。実験結果と比較した結果、今回の方法で、おおよそ予測できることが示されました。この成果により、Physiologically-based bioharmaceutics modelling (PBBM)による、塩原薬からの経口吸収性予測が、また一歩、現実に近くなりました。さらに、今回の知見は、塩選択や処方設計にも役に立つと思います。
これまでの研究の流れを見ていただくと、今回の論文を、より一層、楽しめると思います。明日からの日本薬剤学会でも発表しますので、みなさん、是非、聴きに来てください。
(1) Oki, J., Watanabe, D., Uekusa, T., & Sugano, K. (2019). Mechanism of supersaturation suppression in dissolution process of acidic drug salt. Molecular Pharmaceutics, 16(4), 1669-1677.
(2) Uekusa, T., Avdeef, A., & Sugano, K. (2022). Is equilibrium slurry pH a good surrogate for solid surface pH during drug dissolution?. European Journal of Pharmaceutical Sciences, 168, 106037.
(3) Uekusa, T., Watanabe, T., Watanabe, D., & Sugano, K. (2022). Thermodynamic Correlation between Liquid–Liquid Phase Separation and Crystalline Solubility of Drug-Like Molecules. Pharmaceutics, 14(12), 2560.
Mechanistic static modelによるDDI予測
Mechanistic static model(MSM)によるDDI予測について、とても良い論文が2報出ていますので、ご紹介したいと思います。
1報目は、FDA申請資料を基に、MSMとDynamic PBPK modelを比較した研究です。
Gomez-Mantilla, J. D., Huang, F., & Peters, S. A. (2023). Can Mechanistic Static Models for Drug-Drug Interactions Support Regulatory Filing for Study Waivers and Label Recommendations?. Clinical Pharmacokinetics, 62(3), 457-480.
両手法で同様の結果が得られることから、著者らは、Dynamic PBPK modelの使用は、その独自の強みを活用できる利用に限定されるべき、と結論しています。
”The results reported in this study should encourage the use of models that best fit an intended purpose, limiting the use of physiologically based pharmacokinetic models to those applications that leverage its unique strengths”
”We propose that fit-for-purpose simpler approaches can be used to support regulatory filing, reserving the use of physiologically based pharmacokinetic models to those applications that cannot be served by static models.”
なぜ、DDI予測については、MSMとDynamic PBPK modelでほぼ同じになるのか?については、また別の機会に考えてみたいと思います。
2報目は、in vitroとin vivoのデータを有効に活用して、MSMにおけるDDIに関するパラメータの推定精度を高めるという研究です。
Hozuki, S., Yoshioka, H., Asano, S., Nakamura, M., Koh, S., Shibata, Y., … & Hisaka, A. (2023). Integrated Use of In Vitro and In Vivo Information for Comprehensive Prediction of Drug Interactions Due to Inhibition of Multiple CYP Isoenzymes. Clinical Pharmacokinetics, 1-12.
一般的なlocal middle-out approachでは、parameter fitting後は、in vitroのデータからの推定値は無視されますが(in vivoから逆推定した値に置き換えられるため)、本アプローチでは、ベイズ統計を用いて事後確率としてパラメータ推定することで、in vitroとin vivoの情報を包括的に使用する方法が提案されています。
現在、Dynamic PBPK + local middle-out approachという手法の論文が氾濫しており、ややもすると、上記2報のような論文の価値が正当に評価されないかもしないので、ここで紹介させていただきました。
これまで、このブログで何度も書きましたが、非常に複雑なPBPK modelのパラメータを、in vivo PKデータからlocal middle-out approachで個々の薬物について求めることには、とても注意が必要です(上手く行くのは、強力かつ特異性の高いinhibitorのあるDDIのようなケースに限られます)。また、そのような方法で、異なる臨床条件下に対する予測精度が上がるか否かについては、これまで系統的な検証が行われていないため、エビデンスレベルが低いです。1報目の論文では、今後、MSMとDynamic PBPK modelを並行して実施し、両者を比較することで、前者の限界と後者の有用性を明らかにすることが提案されています。
なお、物性との関係が深い経口吸収性については、Bottom-upによるFa予測性について、MSMとDynamic PBPK modelによる予測精度の系統的な検証が、すでに行われています。
Akiyama, Y., Kimoto, T., Mukumoto, H., Miyake, S., Ito, S., Taniguchi, T., … & Sugano, K. (2019). Prediction accuracy of mechanism-based oral absorption model for dogs. Journal of Pharmaceutical Sciences, 108(8), 2728-2736.
ベイズ統計について、自分はまだまだ勉強不足なのですが、薬学分野では現在あまり利用されていないように思います。例えば、製剤改良時におけるBE試験の例数追加などに利用できればよいな?と思います。
炭酸緩衝液を用いたpHシフト試験(パドル法)の開発と腸溶性製剤評価への応用
腸溶性製剤やpH依存性の溶出を示す製剤の評価では、胃から小腸へのpH変化を反映した溶出試験が必要になります。しかし、炭酸ガスバブリング法の場合、この試験は難しいようです。
落し蓋法を用いれば、炭酸緩衝液を用いたpHシフト試験が、簡単にできます。
Matsui, F., Sakamoto, A., & Sugano, K. (2023). Development of pH shift bicarbonate buffer dissolution test using floating lid and its feasibility for evaluating enteric-coated tablet. Journal of Drug Delivery Science and Technology, 104438.
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1773224723002903
炭酸緩衝液を用いて腸溶性製剤の評価を行うと、各社の製剤間で、崩壊時間に大きな差がありました。さらに、同一ロット内でも差がありました。
このような差は、現在の局法リン酸緩衝液中では、見られません。
落し蓋法は、直観的に、「pHをしっかり維持できないのではないか?」と思われている場合が多いのですが(論文中でもそのように”憶測”で引用された例がありました。)、実際には、しっかりとpHを維持できます。
あまりにも簡単な方法なので、そのように疑われてしまうのかもしれませんが、実際にはとても上手く行きます。
炭酸という言葉から、炭酸飲料をイメージされる場合が多いのかもしれませんが、炭酸飲料中の炭酸濃度は3000-4000 ppm程度(68- 91 mM)であり、消化管内の濃度と比べてかなり高い値です。
消化管内濃度程度(10-15 mM)の場合、1気圧では、炭酸の気泡は発生しません。実際、皆さんのお腹で、気泡はブクブクとは出ていないですよね?(常にゲップばかりしてはいませんよね?)
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なお、薬物や添加剤の影響でpHが変化するのは、緩衝能の問題であり、消化管内と同程度の低緩衝能の緩衝液であれば、リン酸緩衝液でも同様にpHが変化します。
このようなpH変化が生体で起こるのかについては、専門家の間でも意見が分かれていますが、私は、一時的(数分程度?)には、そうなるのではないかと思います。小腸のpHは、血液中と異なり、厳密にはコントロールされておらず、ばらつきが非常に大きいですので、即時に頑健にpHを維持できるメカニズムでは無いのでは?思います。このあたり、今後研究が進むと良いなと思います。
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炭酸緩衝液中における難水溶性薬物塩の溶出プロファイル
消化管内のpHは炭酸緩衝液で維持されています。一方で、溶出試験においては主にリン酸緩衝液が用いられています。
炭酸緩衝液は、
CO2 + H2O ⇔ H2CO3 ⇔ H+ + HCO3-
という化学平衡によって緩衝作用を示しますが、二酸化炭素から炭酸への水和反応が極めて遅いため、表面pHに与える影響が通常の緩衝液とは性質が大きく異なることが知られています。
これまでの研究から、酸性フリー体原薬の溶出性や、pH依存性ポリマーを用いた製剤(腸溶製剤、固体分散体)の溶出性が、炭酸緩衝液とリン酸緩衝液とで大きく異なることが知られています。
今回の論文では、難水溶性薬物塩の溶出プロファイルを炭酸緩衝液とリン酸緩衝液とで比較しました。
Dissolution Profiles of Poorly Soluble Drug Salts in Bicarbonate Buffer Aoi Sakamoto & Kiyohiko Sugano Pharmaceutical Research (2023)
モデル薬物は、ピオグリタゾン塩酸塩とダントロレンナトリウム塩を用いました。炭酸緩衝液のpHは、落し蓋法で維持しました。pH、緩衝能、イオン強度は、炭酸緩衝液とリン酸緩衝液とで同じに設定しました。(pH 6.5, I = 0.14 M, beta = 4.4 mM/pH)
結果、ピオグリタゾン塩酸塩とダントロレンナトリウム塩の溶出プロファイルは、炭酸緩衝液とリン酸緩衝液とで大きく異なることが分かりました。溶出試験初期におけるPLM/SEMによる粒子観察や、バルク相析出試験との比較から、粒子表面におけるフリー体への変換が、原因と考えられました。
今回の結果を踏まえると、かなり広い範囲の原薬および製剤で、炭酸緩衝液とリン酸緩衝液の違いがあると考えられます。現在、多様な原薬・製剤について検討しており、来月の薬剤学会で発表する予定です。
落し蓋法は、非常に簡単な方法で、リン酸緩衝液と手間はほどんどかかりません。また、従来のCO2バブリング法によるpH維持では、界面活性剤による泡立ちや気泡による溶出・析出挙動の変化が問題となっていましたが、それらも落し蓋法では問題ありません。
さらに、CO2バブリング法では特殊機器が必要であるため初期費用が高額ですが、落し蓋法は低コストで導入できます。
これからは、すくなくとも、in vivo予測を目的とする溶出試験においては、炭酸緩衝液が第一選択にすると良いと思います。
塩のFa予測は、どこまでできる?
以前のブログで、「pH control域での平衡溶解度は、塩から測定してもフリー体から測定しても、同じ値になる。」というお話をしました。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/510288
そうすると、平衡溶解度を用いたFa予測では、塩とフリー体でFaが同じになると予測されてしまいます。
もちろん、実際には塩として投与した場合の方が、Faは上がります。
塩の溶出により、消化管内において、一過的に過飽和濃度になることが、Faが上がる理由です。
そうすると、どの程度の時間、消化管内で過飽和濃度が続くのか?の見積もりが、Fa予測に重要となってきます。
この点について、前回紹介した論文の中で、考察しています。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/517189
まず初めに、完全溶解時の溶解濃度(C)を計算します。
C = 投与量/消化管溶液量(130 mL)
塩のKspは通常とても高いので、フリー体の析出が全く起こらない場合には、塩は速やかに溶けます。
次に、Population balance modelで、この濃度における析出誘導時間(induction time (tind))を計算します。(PBMは、フリー体さえあれば構築できます。)
tindが小腸滞留時間よりも長い場合(例: tind > 4 h):
消化管での析出が起きないと予想されます。この場合、溶液投与と同じになるように溶解度を設定することでFaを予測できます。
tindが非常に短い場合(例:tind < 5 min):
消化管で瞬時に析出が起きると予想されます。この場合、析出物の平衡溶解度を用いてFaを予測できます。(例えば、析出物が(フリー体の)アモルファスの場合には、アモルファスの平衡溶解度(= LLPS濃度)を用いる。)
中間の場合:
より詳細なシミュレーションが必要です。
(注意:析出誘導時間は、1次速度式では表現できない。単純な析出速度定数では上手く行かない。)
LLPS濃度の実測あるいは予測についてはこちら↓
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/506760
逆に言うと、4時間以内に析出が起きない濃度(臨界過飽和濃度(準安定濃度))と、5 min以内で析出が起きる濃度(即時析出濃度)を計算し、投与量がそれらの範囲外の場合には、Gut frameworkでFaをある程度正確に予測できると考えられます。(Gut frameworkではフリー体の予測値は誤差2倍以内程度。)
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/431200
これまでに測定した薬物では、即時析出濃度と臨界過飽和濃度の比は、3-7倍程度でした。
臨床投与量がこの範囲に入るケースは、あまり多くはないのかな?と思いますが、実際にやってみないとわかりませんので、現在調査中です。
やがて開発が進んで、塩が入手可能となり、投与量が決まっているのであれば、Cを臨床と合わせた条件で、溶出試験を行い、溶出プロファイルから判断できます。(表面析出がありそうかどうか?も確認できます。)
溶出試験条件としては、いまのところは、炭酸緩衝液(pH 6.5, 10 mM (or 15 mM), I = 0.14 M)で作成したFaSSIFを用いて、50 rpmで試験するのが、最も生体を反映していると思います。
(表面析出は、炭酸とリン酸で大きく異なります。論文投稿中)
このような条件で、塩とフリー体の溶出プロファイルのAUC比を算出し、フリー体のFa予測値に掛ければ、とりあえずは、塩のFa予測値を計算できると思います。
ただし、これについては、今後詳細な検討が必要です(現在検討中です)。
炭酸緩衝液についてはこちら↓
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/446149
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/475089
表面析出についてはこちら↓
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/431263
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/418770
このように、塩からのFa予測は、まだまだ完璧ではないものの、まったく手も足も出ない訳ではありません。
Population balance modelによる消化管pH環境における薬物の析出モデリング
化学工学の分野では、結晶析出過程の速度論的モデルとして、Population balance modelが広く用いられています。
一方で、経口吸収にPopulation balance modelを応用した例は、これまで尾崎さんの論文のみでした。その論文では、カルバマゼピン無水物から水和物への転移にPopulation balance modelを用いていました。
そこで、以下の論文では、医薬品開発にとって、より重要と考えられる、塩基性薬物の消化管pH変化による析出を、Population balance modelで記述・予測、できるか?を検討しました。
Application of Population Balance Model to Simulate Precipitation of Weak Base and Zwitterionic Drugs in Gastrointestinal pH Environment
Hibiki Yamamoto, Ravi Shanker, and Kiyohiko Sugano*
Population balance modelは、
1次核形成
2次核形成
結晶成長
の3つの数式からできており、各数式は2つの経験的速度論パラメータを持っています。
そこで、まず初めに、pHシフト試験の結果から、これらのパラメータを同定することにしました。しかし、パラメータ数が多いため、同定できませんでした。そこで、2次核形成を無視して、かつ、結晶成長の過飽和度依存指数を2に固定しました。残り3つのパラメータのうち、1次核形成のパラメータについては、初期濃度と析出誘導時間の関係から求めました。最後の1つのパラメータは、目視によるフィッテイングで求めました。このような方法で、構築したモデルは、pHシフト試験の結果をよく再現(記述)しました。
次に、胃から小腸への薬物の移動を模擬したin vitro試験における析出を「予測」できるかについて、検討しました。
結果、1つの薬物を除いて、濃度推移および析出結晶の粒子径を、おおよその精度で予測できることが示されました。
今回の検討では、2次核形成を無視しています。
2次核形成は、結晶がパドルやベッセル壁面に衝突することで生じますが、今回用いた攪拌速度(50 rpm)や析出粒子の範囲(< 100 um)では、2次核形成は無視できることが知られています。
この仮定を入れることで、非線形重回帰を用いることなく、確実にパラメータ推定できるようにしました。
Population balance modelにより、誘導時間や、吸収時間スケール(数時間)での準安定領域を予測可能になりました。
BCS class III薬物の生物学的同等性
BCS class IIIの薬物は、製剤間で生物学的同等性(Bioequivalence, BE)を得ることが難しいのではないか?そう思っている方が、とても多いと思います。
実際、BCSに基づくBE試験免除スキーム(BCS based biowaiver scheme (BCS -BWS))では、BCS class IIIの溶出試験の判断基準は、厳しめに設定されています(very rapid dissolution, > 85% at 15 min)。
一方で、生物薬剤学の速度論の観点からは、BCS class III薬物の経口吸収は膜透過律速になると考えられ、製剤間のBEはむしろ得られやすいはずです。
どちらが正しいのでしょうか?
今回紹介する論文では、実際に、BCS class III薬物であるファモチジンの溶出性が、OD錠とIR錠で大きく異なる製剤間でも、BEが得られていることを示しています。
さらに、シミュレーション検討も行っており、BCS class IIIの溶出試験の判断基準は緩和しても良いことが示唆されています。
今回の論文では、生物学的同等性について正しく考察するには、律速段階を理解することが肝心であることが、改めて示されました。多数のジェネリック品が販売されているファモチジンを用いており、このことがより明確に示されています。
以下の論文も併せてご一読いただけますと、BCS class III薬物のBEに関して、見方が大きく変わると思います。
塩の溶解度測定を依頼されたら?
今回のGrowth Projectで、塩の溶解度測定を依頼されたら?という話題がありました。
企業の物性研究者は、プロジェクトから、塩形成した薬物(塩)の溶解度測定を依頼された経験がある方が多いと思います。
あるいは、オンラインの依頼システムにSubmitされたサンプルを、ルーチン測定しているかもしれません。
物性研究者ならば「塩から測定しても、結局、フリー体と同じ値になるので、意味がない。」と分かっていると思います。
一方、プロジェクトの研究者(例えば、有機合成や薬物動態の方々)は、塩にすると「溶解度」が上がると思っています。
なぜ、このような認識の差が起きるのでしょう?
溶解度測定の担当者は、当然、溶解度測定のことは良く知っています。
一般に、医薬品開発における溶解度測定は、あるpHにおける平衡溶解度を測定することを目的としています(*)。したがって、試験条件は
(1)平衡に到達させるための長い振とう時間(通常24時間以上)と強い撹拌
(2)pHを一定に保つための強い緩衝能(はじめに加える薬物のモル数<緩衝能)(**)
になっています。
Ono, A., Matsumura, N., Kimoto, T., Akiyama, Y., Funaki, S., Tamura, N., … & Sugano, K. (2019). Harmonizing solubility measurement to lower inter-laboratory variance–progress of consortium of biopharmaceutical tools (CoBiTo) in Japan. ADMET and DMPK, 7(3), 183-195.
したがって、pHコントロール領域では(=中性pH付近では)、残存固体はフリー体になり、それと平衡状態にある溶液中で測定される薬物濃度(すなわち溶解度)は、フリー体から測定した場合と同じ値になります(***)。
つまり、塩から測定した溶解度は、フリー体から測定した値と同じになります。(別の言い方をすると、なるべくそうなるような試験条件になっています。)
一方で、プロジェクトの研究者は経験上、塩形成した場合には経口吸収が上がることは知っていますし、有機合成の方であれば、水(純水)への溶解度が上がることを体験しています(なお、有機合成ではめったに緩衝液は使いません。)
このミスコミュニケーションを放置すると、最悪の場合、塩にしても吸収性を改善する効果が無いとプロジェクトが判断してしまうかもしれません。あるいは、溶解度測定が間違っているとクレームをつけてくるかもしれません。
実際には、塩形成すると、ほとんどの場合、消化管内で過飽和濃度を形成することで、吸収性が向上します。(****)(*****)
したがって、塩からの経口吸収性を正しく評価するには、平衡溶解度測定ではなく、過飽和濃度を適切に評価可能な系が必要になります。(******)
過飽和濃度の評価系については、現在、様々な方法が研究されており、まだ研究者間でコンセンサスが得られていない状況です。(僕なりに、こうした方がよいかなぁ~、というのはあるのですが。。。)
このあたり、プロジェクトと上手にコミュニケーションをとるのも、物性研究者の大切な仕事かな?と思います。(*******)
(*)構造溶解度相関のためには、粒子径や原薬形態に左右されない値が必要です。また、経口吸収率予測に用いる値の1つとしても、この値が必要です。
(**) 対照的に、純水に塩を溶かした場合を考えてみると面白いと思います。この場合、溶解度は上がります(pHが変化します。)平衡形成固体は、塩のままの場合も、フリー体が析出する場合もあります。
Avdeef, A., & Sugano, K. (2022). Salt Solubility and Disproportionation–Uses and Limitations of Equations for pHmax and the In-silico Prediction of pHmax. Journal of Pharmaceutical Sciences, 111(1), 225-246.
(***)ただし、平衡に達していない場合、結晶多形がある場合、不溶性のリン酸塩として析出する場合、あるいは塩を多く加えてしまってpHが変化してしまう場合、などもありますので注意しましょう。できれば、残存固体の結晶形を確認しましょう。
(****)溶出速度も向上しますが、溶出速度が問題となっている場合には(=経口吸収が溶出速度律速の場合)、粒子径を小さくすることで十分改善可能です。
(*****)したがって、PBBMでは、塩の溶出と、フリー体の析出および溶出を、しっかりと区別する必要があります(前者にはKspが不可欠です)。残念ながら、これまで発表されているPBBMでは、これらが全く区別されていないので、論文を読む際には注意しましょう(それでもシミュレーションが当たるように見えるのは、パラメータフィッテイングを濫用しているからなのですが。。。これについては以前のブログをご覧ください。)。
(******)生物学的同等性を考える場合にも重要です。一般的なSink条件の溶出試験では、過飽和は評価できません。
(*******)なお、物性マニアの言うところの塩の溶解度とは、「もし仮にフリーの析出が起きずに平衡形成固体が塩のまま存在できる場合の平衡溶解度」です。実測はまず出来ないですが、理論上は定義できます。√Kspよりもかなり高い値になります。
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