Kiyo’s Blog

立命館大学薬学部菅野清彦先生のPCFJのBlogをこちらのサイトでも御紹介致します。

Dissolution to Cp time profile

溶出試験のデータから血中濃度推移を予測するエクセルシートを作成しました。

https://docs.google.com/spreadsheets/d/1sBdTuhgV1Xu1rN_QKWfQS5HhLRjy7FWU/edit?usp=sharing&ouid=110964385240660873593&rtpof=true&sd=true



ADMET and DMPK impact factor for 2022

ADMET and DMPKに、インパクトファクター(IF)がつきました。

https://pub.iapchem.org/ojs/index.php/admet

IF 2.5ということで、比較的最近始まった雑誌としては、かなり良い値でした。
Reviewerがしっかりとしていて、レベルの高い論文が集まったということかな?と思います。
ADMET and DMPKは、IAPCが運営しているpeer-reviewed journalです。IAPCとPhysChem Forum Japanは、以前、合同でシンポジウムを開いております。
ADMET and DMPKは、APCが無料のオープンアクセスジャーナルです。インパクトファクターも付きましたので、みなさま、是非、ご投稿ください。


そのMiddle-out approach、大丈夫ですか?(3)

これまでのブログで、以下のような考察が得られました。

・Middle-out approachを行うのは、Buttom-up予測が外れたから。(外れた結果を隠さないで!!!科学が発展しなくなってしまいます)。
・1つの血中濃度推移データから逆算できるパラメータ数は少ない(せいぜい1-2個まで?)。
・血中濃度推移データからパラメータを逆算した適合PBPKモデルは、その血中濃度推移データを「記述」しているのであり、「予測」しているのではない。

それでは、Bottom-up予測が外れた場合、PBPKの数多くのパラメータの中から、どのパラメータを選んで、逆算すべきなのでしょうか?

(H)できれば、あとから選ばなくてよい状況にしよう!

まずはじめに、この疑問を抱くということは、パラメータの逆算を、あらかじめ視野に入れた試験計画ではなかった、ということですね。もし、はじめから計画していたのでしたら、迷わずに、そのパラメータを選択するでしょう???
実験データから決定できるパラメータは、実験データの組によります。特異的阻害剤併用の有無における血中濃度推移データからは、その阻害剤が阻害するクリアランス経路の寄与率を決定できます。
繰り返しになりますが、逆算したいパラメータに合わせて、そのパラメータを逆算できる試験計画にすべきということです(例えば、Fを求めるには、i.v.とp.o.が必要ですよね)。
しかし、実際には、あらかじめ逆算に用いることを前提とした試験になっていない場合もあるでしょう? その場合、どのパラメータを選びますか?
現在は、ひとにより、それぞれです。各自が、好き勝手に決めています。それって、大丈夫なのでしょうか?そんなことをしたら、各自(各社?)、自分が有利になるようにパラメータを勝手に選んでしまうのではないでしょうか?
残念ながら、現在はそうなっています。

(I)感度分析で何がわかるのか?

逆算するパラメータを選ぶために、感度分析がしばしば利用されます。感度分析を用いれば、客観的にパラメータを選ぶことが出来るのでしょうか?

答えは、Yesであり、Noです。

まず、Yesから説明します。
当たり前ですが、あるパラメータを変化させても計算出力値に影響がない場合(感度が無い場合)、そのパラメータは試験結果から逆算できません。つまり、感度分析では、逆算できないパラメータはどれなのか?がわかります。
(前回のブログで説明した最小二乗法を考えれば、パラメータを変化させても計算出力値が変化しないのであれば、残差も変化しません。残差平方和はパラメータに依存せず一定になり、極小値が無いので最適化できない(逆算できない)ことがわかります。)
一般に、速度論において、出力値に影響を与えるのは、一連の反応プロセスの中で「律速段階」となる反応だけです。したがって、律速段階以外のプロセスのパラメータを試験結果から逆算することは出来ません。

重要なのは、律速段階を把握することであり、感度分析はその1つのツールにすぎません。まずはじめに、律速段階を把握することに注力しましょう。これは、薬物動態に限らず、すべての速度論に共通して、基礎となる、最も重要なことです。律速段階を把握するには、各過程の速度定数を計算して比較すればOKです。感度分析だけに頼るのは、かえってモデルの理解を妨げてしまいます。感度分析は統計的Black boxモデルには有用なのですが、PBPKはメカニズムベースなので、各過程の速度定数を計算できます。

次にNoについてです。
PBPKモデルでは、律速段階が複数のパラメータで表されます。
例えば、肝クリアランスでは

CLh = fup x CLint(肝血流量よりも、十分低い場合)

したがって、感度分析をすれば、fupもCLintも同じようにCLhを変化させます。タンパク結合率と固有肝クリアランスのどちらを逆算すべきか?は感度分析からは解りません。通常は、タンパク結合率はin vitroで正確に測定できると別途に仮定して、CLintを最適化します。しかし、この仮定は正しくないかもしれないです(fup < 0.01では正確に測定するのが難しいので。。。)。実際には、肝以外にもクリアランス経路があるかもしれないですし。。。
まとめると、感度分析では、どのパラメータを逆算できないかはわかりますが、逆算できる可能性のある多数のパラメータから、どれか1つを選ぶことはできません。。

(J)スケーリングファクター?

それでは、パラメータを選ぶのはあきらめて、思い切って、エラー補正ファクター(ECF)を新たに導入し、それを逆算しよう!と考えるかもしれないですね。例えば

CLh = ECF x fup x CLint(肝血流量よりも、十分低い場合)

ここでは、fupとCLintは、in vitroからの予測値そのままになります。
まず、はじめに気を付けないといけないのは、ECFには実体がないということです。したがって、PBPKの本来の方向性に反して、実体のないものをPBPKに持ち込むということです。つまりは、経験モデルが持ち込まれますので、その使用は経験モデルの使用ルールに従うべきです(内挿に限るとか。。。独立したデータ(テストセット)で検証が必要とか。。。)。
また、ECFを逆算することと、他の何かのパラメータを逆算することは、数学的に同じです。

ECF x fup,in vitro = fup,逆算

と、ひとまとめにできますので。。。
ただ、ECFを用いたほうが誤解が少ないでしょう。
ECFは、一部の市販PBPKソフトでは別名スケーリングファクターと呼ばれています。しかし、これは大きな誤解を招く表現なのではないかと思います。スケーリングファクターとは、一般には、相似形の比(スケール)を換算する際に用いる用語です。

さらなる注意点もあります。もちろん、ECFを導入して、それを血中濃度推移から逆算すれば、得られた適合モデルは、元となる血中濃度推移にぴったりと一致します。しかし、このことは、モデルが正しいことを示しているのではありません。さらには、他のパラメータが正しいわけでもありません。たとえば、CLintが10倍低く間違っていても、ECFを10倍すればよいため、エラーはすべてECFに隠されてしまいます。しかし、血中濃度推移にぴったりと一致したシミュレーションを見たら、CLintが正しいと錯覚してしまうのではないでしょうか?実際、この結果からは、in vitroから予測したCLintとfupについて、どちらが、どれだけ、間違っているのかはわかりません。このような状態で、次の別の条件下での結果を予測しても良いのか?疑問ですよね?
これらの注意点がありますが、律速段階の部分のモデル式に、1つだけECFを導入して、それを逆算することは可能でしょう。その方が、複数のパラメータを最適化してしまうリスクは無くなります。
ただ、それならば、いっそのこと、律速段階の速度論的パラメータ(例えば吸収速度定数(ka))を、そのまま丸ごと逆算し、次の予測に用いるということも考えられます。その方が、誤解が少ないです(人類のこれまでの経験から、一般には、不必要に複雑なモデルを用いるのは良くないとされています(オッカムの剃刀)。

それでは、次のブログでは、ある条件下で得られた適合PBPKモデルの、他の条件に対する予測性をどのように検証(validation)していくべきかを議論します。


そのMiddle-out approach、大丈夫ですか?(2)

前回のブログで、血中濃度推移から何個のパラメータを決定できるか?お話ししました。

横軸を時間、縦軸を血中濃度(Cp)の対数(lnCp)としてプロットしたとき、直線っぽくなる部分の数が1つなら2個のパラメータ、2つなら4個のパラメータまでです。それ以上のパラメータを決定することは、過剰適合になってしまうので、出来ないのでした。
それでは、パラメータ数が非常に多数あるPBPKモデルにおいて、血中濃度推移からパラメータ値を逆算できるでしょうか?もちろん、PBPKモデルのすべてのパラメータを、血中濃度推移から決定することはできません。したがって、middle-outでは、多数あるパラメータの中から、少数を選んで逆算することになります。
ここからは、PBPKモデルにおけるmiddle-out approachについて考えていきますが、まずはじめに、どうしてmiddle-outが提唱されてきたのか?考えてみたいと思います。

(D)なぜmiddle out approachが必要なのか?

PBPKモデルは、そもそも、生理学的パラメータと、物性データやin vitroデータから、血中濃度推移を”予測”することを目指しています(これをBottom-up予測と言います)。PBPKは、そもそもコンパートメントモデルとは全く方針が違うのです(コンパートメントモデルは、もしろ、物理的実体を反映していない(統計的な)経験モデルの仲間と言えるでしょう。)。
したがって、血中濃度推移からのパラメータ逆算、すなわち、middle-out approachは、本来のPBPKの方向性とは異なります。まず、このことは、しっかりと認識しておきましょう。(僕が頭が固い!のかもしれないですが。。。)

それでは、なぜ、多くの論文で、血中濃度推移からのパラメータ逆算(top-down)が、PBPKに取り入れられているのでしょうか?
(Bottom-upとtop-downを混ぜているので、middle-outと呼ぶようです。)
理由は、現在の我々の知識では、bottom-upでは、血中濃度推移を十分な精度で予測することが出来ないからです。(ここでは、「十分な精度」は、実測値の0.8-1.25倍程度をイメージしてください。)
現在、bottom-upによる予測精度は、静脈内投与後の血中濃度推移で3倍程度以上の誤差があり、経口吸収率(Fa)についても2倍程度の誤差があります(フリー体原薬の場合)。このことも、しっかりと認識しておきましょう。

大変残念ながら、多くのPBPK論文では、bottom-upによる外れた予測結果は隠蔽されています。これは科学論文として、決して良いことではありません。
(PBPKの論文を書かれる方は、bottom-up予測が外れた結果も、必ず載せてください。予測が外れることは、恥ずかしいことではありません。むしろ、科学の発展につながる大切なことです。しかし、外れた予測を隠蔽するのは、科学者として恥ずかしいことです。)
Bottom-upでは予測精度が足りない。現在のPBPKは、まだまだ不十分だ。では、どうするか?
もちろん、正攻法は、in vitro試験法、生理学的パラメータ、数理モデルの研究を発展させることです。これを忘れてはいけません。忘れてしまうと、薬物動態研究は、終わってしまいます。薬物動態には、まだまだ研究すべきことがたくさんあります。
でも、現実問題として、何とか今すぐに、血中濃度推移を精度よく予測したい。例えば、FIH試験(健常人、単回)における血中濃度推移データをPBPKに活用して、他の条件下における予測精度を向上できるのではないか?そこで、middle-outという考え方が、出てきました。(なお、PBPK以外の予測方法もあります。PBPKがすべてではないです。)
ここで、赤色を付けた単語に注意してください。FIHの血中濃度推移データを記述できるか?ではありません。他の条件下の予測です。

(E) 何個のパラメータを血中濃度推移から決定できるのか?

静脈内投与の血中濃度推移からは、何個までパラメータを決定できるのでしょうか?これまでの議論を思い出すと、せいぜい2から4個程度だろうと考えられます。
経口吸収モデルのパラメータを逆算するには、さらに経口投与後の血中濃度推移が必要になります。これまでの議論を思い出すと、これで逆算できるパラメータ数は、たったの1つだったのでしたね?
このように、血中濃度推移から決定できるパラメータ数には、数学的な制限があります(”次元の呪い”)。したがって、これ以上の数のパラメータを逆算(パラメータフィッテイング)している論文は、信用できません。
コンパートメントモデルの例を見ればわかる通り、ほんの少数のパラメータだけを持つ数理モデルでも、血中濃度推移に適合するようにパラメータを逆算すれば、ほぼ完ぺきに血中濃度推移を「記述」できます。同様に、PBPKモデルでも、少数のパラメータを逆算すれば、ほぼ完ぺきに血中濃度推移を「記述」できます。しかし、前回のブログでも議論したように、この完璧に見える「記述」は、PBPKモデルが正しいことを示しているわけではありませんし、予測性が良いことを示しているのでもありません。「予測」と「(フィッティングによる)記述」は全く違います。これらを取り違えて、市販PBPKソフトウェアを信じてしまう人たちが後を絶ちません。とくに、経験が浅く、ウェットの実験をしたことがない方、是非ご注意ください。

(F)どうやってパラメータを決定するのか?

では、PBPKモデルのようにパラメータが多数あるモデルにおいて、ある1つのパラメータを決定するにはどうすれば良いのでしょうか?(多数あるパラメータの中から、どのパラメータを選ぶかについては、後ほど議論します。)
ここでは、前回のブログで扱った数式をもう一回考えてみましょう。

w = ax + by + cz + d

というモデル式があるとします。a,b,c,dの四つのパラメータをすべて観察結果から決定しようとすれば、最低限4組のデータポイントが必要です。
しかし、aだけを決定するのであれば、実は2つのデータポイントだけで済みます。
どうやって???

まず、ある組の条件(x1,y1,z1)で、1回実験をします。ここで得られた結果をw1とします。

w1 = ax1 + by1 + cz1 + d

次に、xを0に設定し(x = 0となるように「介入」し)、他の条件はそのままでもう一回実験します。ここで得られた結果をw2とします。

w2 = by1 + cz1 + d

上の式から下の式を引くと

w1-w2 = ax1

です。したがって、

a = x1/(w1-w2)

となってaを求めることが出来ました。この方法は、モデルのパラメータ数がいくつに増えても適応できることは、すぐに解りますね?ax以外の項は、引き算ですべて消えてしまいますよね?
(これは、大学生が研究室で研究を始める際に、一番初めに習うことと基本的に同じです。実験で、ある要因の効果を調べたい場合、その要因以外の条件はすべて同じにしなさい、と先生から習ったと思います。そうすれば2つのデータを比較することで(=引き算することで)、答えが出ます。実験条件を2つ以上同時に変えてはダメですよね。)

ここで大切なのは、x = 0となる条件で試験を行うことです。例えば、ある代謝酵素について、特異的かつ強力な阻害剤を同時投与した場合が、これにあたります。
CLが、いくつかの経路の足し算、

CL実測 = CL1 + CL2 + CL3 +++++

で表せる場合、CL1に対する阻害剤が無い場合とある場合の実測データがあれば、

CL1 = CL実測阻害剤あり-CL実測阻害剤なし

となって、CL1を計算できるのでした。この結果を基にして、”別の”薬物を同時投与した際のCLを”予測値”を計算できることになります。(予測値を計算できることと、その予測の精度が良いか?は別問題です。例えば、天気の予測値を出すこと自体は、下駄投げでもできます。しかし、それでは当たりませんよね。予測”できる”という単語に2重の意味が入っていることもありますので注意しましょう。)。

ここで、一つ重要なことがあります。それは、この方法は、複雑なPBPKモデルでなくても良いということです。実際、mechanistic static modelでも、同様に、薬物相互作用を予測できます。予測精度も、動的なPBPKと同程度であることが知られています(FDAへの申請書を解析した結果の論文があります)。それでは、複雑なPBPKと簡単なmechanistic static modelのどちらが良いのでしょうか?これについては、また別の機会に議論します。

ここでは、簡単なmechanistic static modelでも、PBPKと同程度の精度で予測できると言うことだけ述べておきます。Mechanistic static modelは、多数の組み合わせのDDIで”予測”性が系統的に検証されています。したがって、エビデンスレベルが高いです。PBPKによる”予測”のエビデンスレベルは???ソフトウェアメーカーの宣伝を鵜呑みにしないで、是非、各自で調査し、考えてみてください。)

実は、この方法は、x = 0でなくて、x = 0.5の場合でも使用できます。また、特異性が低く、複数の酵素を阻害する場合でも、その分、いろいろな薬物と併用時の血中濃度推移を複数組み合わせて同時に解析すれば、パラメータを逆算できます(計算はややこしくなりますが)。その他、代謝物プロファイルと組み合わせるなど、様々な解析方法も考えられます。ただ、いずれにせよ、実験データの数は、逆算するパラメータ数より多い必要があります。次元の呪いを乗り越えることは出来ません。また、データの数が増えれば、その分、不確実性も増えます(in silicoだけをやっている人にはわからないかもしれないですが、実験データとはそういうものです。)。したがって、あるパラメータを確実に逆算するには、可能な限り、強力かつ特異的にx = 0となるような方法を選びます。つまり、パラメータを決められるように、あらかじめ試験計画を立てることが肝心です。医薬品開発では、臨床試験計画を自ら立てられるのですから、確実にパラメータを逆算できる試験計画を立てましょう。逆説的になりますが、そのためにBottom-upのPBPK予測を使うのは、とても有用だと思います。

(G)パラメータ最適化とはなにか?

これまでの説明では、非常に簡単な数理モデルを用いていました。これらの場合、足し算引き算程度で、実測データからパラメータを逆算できました。
それでは、より複雑なモデル、特に、非線形と呼ばれるモデルでは、どのようにしてパラメータを血中濃度推移から逆算するのでしょうか?
一般に用いられるのは、最小二乗法と呼ばれる方法です。最小二乗法では、数理モデルにより記述される曲線と実験データポイントの間の「距離」が「最も短く」なるようなパラメータ値を逆算します。

データとデータの距離とは何でしょうか?
ある1つのデータポイントについて、実験値と、モデルによる計算値との間の距離(残差)は

s = (実験-計算)^2

として表せます。ここで2乗するのは、距離がマイナスになってしまうのを防ぐためです。これを残差平方と言います。
すべてのデータポイントについて、残差平方を足し合わせたものは、残差平方和あるいは二乗和(sum of square)と呼ばれます。

ss = すべてのデータポイントの残差平方を合計した値

そして、残差平方和(ss)が最少になるパラメータの値を探すことで、実測データに最もよく適合した数理モデルを作成できます。
これが、最小二乗法と呼ばれる方法です。
(ssは2乗和なので、必ず、0以上で最小になる値があります)。

それでは、どうやってssが最小になるパラメータ値を探すのでしょうか?
これには、いくつかの方法があります。
代表的な方法は、ニュートン法と呼ばれています。
ニュートン法を理解するために、曲線の上を歩くアリさんになったと想像してみましょう。

この図で、横軸は求めたいパラメータ、縦軸は最小二乗法です。
アリさんには、谷底まで行ってね、と伝えておきます。すると、アリさんは坂が下っている方向に歩いていきます(アリさんは、足元の傾斜はわかるので)。しばらくすると、今度は、上り坂になりますので、その直前でとまります。これで、無事に谷底に到達しました。めでたし、めでたし。

このように、ある元のパラメータ値(初期値)から出発して、坂が下る方向へ向かい、残差平方和が最少になる場所を探す方法をニュートン法と言います。上り下りの方向は、傾きから計算します。ニュートン法では初期値からパラメータ値をずらしながら谷底を探すので、「最適化(optimize)」や「調整(adjust)」などと呼ばれています。しかし、これらの言葉が与えるニュアンスとは異なり、実際には、元の値とは全く違う値になる場合も多いです。なお、この機能は、エクセルではsolverと呼ばれています。
この図の場合、初期値は図中のどこから出発しても良いです。PBPKでは、初期値としてin vitroからの予測値を用いている場合が多いと思います。しかし、in vitroからの予測値を微調整しているわけではありません。単に出発点してとりあえず使っているだけで、最適化後の値は、基本的に初期値とは無関係です。勘違いしないようにしましょう。

自分は、ニュアンスが間違って伝わらないように、逆算(back calculation)と呼ぶようにしています。例えば、前回のブログにおける、連立方程式を解く場合を思い出してみてください。パラメータの逆算に、初期値は必要ありませんよね?先ほどの阻害剤存在下データからのCL1の計算も同様に、初期値は必要ありません。
(ベイズ統計を用いれば、in vitroからのパラメータ予測値をin vivoのデータで更新することもできます。しかし、ニュートン法では元のデータは関係ありません。初期値は、あてずっぽうでも構わないと言えば構わないのです(収束するかは別にして))。
ちなみに、アリさんのように徐々に探していくことも可能ですが、ほかにも、キリギリスさんのように、ピョンピョン飛びながら探すことも可能です(simplex法のイメージ)。
今度は、次の図のように、谷底が幾つかある場合を考えてみましょう。

先ほどと同様にアリさんには谷底まで歩いてもらいます。この時、それぞれのアリさんで、たどり着く谷底が違います。我々が求めたいのは、残差平方和が最小になるパラメータ値ですので、例えば、左端から歩くアリさんは困ってしまいます(このアリさんがたどり着いた解を、局所解と言います)。
解決策の一つとしては、様々な初期値から探索を繰り返して、一番低い場合を選択するという方法が考えられます。
このように工夫すれば、局所解にトラップされてしまうという問題はある程度回避できます。しかし、これで、”次元の呪い”を回避できるわけではありません。あくまで、局所解にならないための工夫です。誤解されないように。。。
このようにして、パラメータを1-2個選び、血中濃度に適合(フィッティング)するように逆算すれば、血中濃度を記述できるPBPKモデル(適合モデル)が完成します。(繰り返しになりますが、”予測”ではありません。)

それでは、PBPKモデルの中の、どのパラメータを選んで、逆算すべきなのでしょうか?そして、ある条件下における既知データに対して得られた適合PBPKモデルについて、他の条件に対する”予測”性は、どのように検証すれば良いのでしょうか?これについては、次回のブログで考えていきたいと思います。


そのMiddle-out approach、大丈夫ですか?(1)

現在、生理学的薬物動態モデル(Physiologically-based pharmacokinetic model, PBPK)の論文が、多数報告されています。市販プログラムを用いた研究が多いのですが、そのほとんどすべてにおいて、薬物ごとに、臨床試験の結果に合うようにモデルのパラメータを再計算した、いわゆる「Middle-out approach」が行われています。しかし、私には、ほとんどすべてのMiddle-out approachは、不適切に実施されれているように思われます。「Middle-out approachは、絶対にダメだ!」と言わないのは、ほんのわずかではありますが、正しく実施されている例もあるためです(全体の1%以下かなぁ~?)。そこで、Middle-out approachを適切に行うにはどうしたらよいのか?考えてみたいと思います。非常に複雑なPBPKモデルについてMiddle-out approachを考えるのは難しいので、簡単なモデル式を使って考えていきたいと思います。

(A)まずは、中学校数学の復習から。。。

中学校の時に、連立1次方程式について習いましたよね?
y = ax + b
という方程式のaとbを求めるにはどうすればよいか?という問題です。
ここでは、この式を、xという条件で実験をすると、yという値が得られる、という数理モデルとして考えます。
この場合、aとbを求めるには、xとyの組が、2つ必要です。
例えば
x = 1, y = 3
x = 2, y = 5
という実験データが得られた場合、
3 = a + b
5 = 2a + b
なので、上の式から、下の式を引いて、
-2 = -a
つまり
a = 2
です。これを上の式に代入すると、
3 = 2 + b
なのでb = 1。
しかがって、
y = 2x + 1
という式が得られました。
実際に、データを入れて試してみると
x = 1の時、y = 2×1 + 1 = 3
x = 2の時、y = 2×2 + 1 = 5
になりました。めでたし、めでたし。。。
(後述しますが、このことからわかるのは、実験結果に合うようにパラメータを逆算した場合(調整、最適化などとも言われますが)、逆算(=モデル構築)に用いた実験条件とその結果の関係をドンピシャで記述できるということです。このことと、異なる実験条件xから未知の実験結果yを「予測」できるかは、まったく別問題です。当たり前のことに思われるかもしれませんが、実際にはかなり混同されています。)

では、もし実験データが1組しかなかったら、どうなるでしょう?
モデル式y = ax + bに対して、実験データが
x = 1, y = 3
だけの場合を考えると、
3 = a + b
になります。
この数式を満たすaとbの組み合わせは、無限にあります。(a, b)= (0, 3), (1,2), (-1, 4)などなど
したがって、データが1組では、aとbを同定することはできません。(Un-identifiable)

同様に、
z = ax + by +c
の場合には、a,b,cを決めるには3つ以上の実験データの組が必要であり、
w = ax + by + cz + d
の場合には、a,b,c,dを決めるには4つ以上の実験データの組が必要です。
つまり、最低限パラメータ数だけ、実験データの組が必要です。
これは、どんなに高度なスーパーコンピュータを使っても、どんなアルゴリズムを使っても、絶対に回避することはできません。

(B) 検量線の話

さてところで、実際の研究では、

y = ax + b (1)

のaとbを、たった2組の(x,y)のデータポイントだけで決定することはありません。
例えば、検量線を作成する場合、少なくとも4-5点のデータポイントを採るでしょう。
ここで、仮に6つの実験データがある場合(図1)、

y = ax^5 + bx^4 + cx^3 + dx^2 + ex + f (2)

という別の数理モデルを使いたくなるかもしれません。
式(1)と式(2)、どちらを使うのが良いでしょうか?

(2)の場合、6個のパラメータ(a – f)を決めることができます(モデルを構築することができます)。しかも、この場合、すべてのデータポイントを通る曲線を描く(記述する)ことができます。すごいですね?!
しかし、この場合、構築したモデルを用いて、次のxからyを予測できるでしょうか?

図1を見ればわかる通り、予測に関しては、むしろ(1)の直線式を用いたほうがよさそうです。
パラメータ数を増やして数理モデルを複雑にすれば、既存データへのフィッテイングは必ず良くなります(相関係数は必ず良くなります)。
しかし、そのことで予測性が良くなるとは限りません。
数理モデルをより複雑にして、モデル構築に用いたデータ(training set)に対するフィッテイング(記述性)を良くしても、かえって予測性が下がってしまう場合があります(というより、よくあります)。これは、過剰適合(過剰学習)と呼ばれています。

「記述」と「予測」は全く異なること、モデルの選択は「記述性」ではなく「予測性」に基づいて行うべきであることは、是非覚えておいてください。一般に、予測性の検証は、モデル構築に用いていない、独立したデータ(test set)を用います。

過剰学習を防ぐには、フィッテイングの良さとパラメータ数のバランスを考える必要があります。一般には、観察結果を再現できる範囲で、なるべくパラメータ数を少なくするようにします。数学的には、赤池情報量基準(AIC)を計算します。AICの考え方は、古くから科学を導く指針とされてきた「オッカムの剃刀」と同じです。AICについては、各自お調べいただければと思います。数学的に、AICによるモデル選択は、データ数が多い場合、leave-one-out法による結果と同じになるのだそうです。
(非常に多くのPBPK論文で、フィッテイングに用いた臨床データに対するモデルによる記述が「予測(prediction)」として記載されています。臨床データに対してパラメータを当てはめているのですから、うまくあてはまって当たり前で、それを「予測」と言うのは間違いです。無知ゆえにそのように記載してしまっているのであれば研究者として勉強不足としか言いようがないですし、意図的に行っているのであればそれは捏造です。)

あと、もう一点、検量線で大切なことは、検量線が成立するのは、検量線の作成に用いたデータの範囲(内挿)に限られるということです。すなわち、観察データからパラメータを逆算した場合、その適応範囲は、内挿(interpolation)に限られます。

(C)薬物速度論の場合

以上のことは、薬物速度論とはどんな関係があるのでしょうか?
例えば、静脈内投与後の血中濃度推移(Cp(t))として、図2Aのようなデータが得られたとします。

この時、縦軸の対数を採ると、図2Bのような直線関係が得られます。
したがって、このデータからは、2つのパラメータ(傾きと切片)を決定することができます。
1次反応速度を仮定すると、

Cp(t) = A exp (-a x t)   (1コンパートメントモデル)

対数を採ると

ln Cp(t) = -a x t + ln A  (y = ax + bと同じ形の数式)

したがって、傾きがa、切片がlnAになります。
もし、投与量(Dose)が分かっていれば(通常、分かっています)、Aから分布容積Vdを算出できます。

A = Dose/Vd

aは一般には、消失速度定数(kel)と呼ばれます。Vdが求まれば、kel = CL/Vdの関係から、CLを決定できます。
同様に、図3Aのようなデータの場合、縦軸の対数を採ると、2つの直線が現れます。したがって、この場合、4つのパラメータを決定することができます。

Cp(t) = A exp (-a x t) + B exp (-b x t) (2コンパートメントモデル)

さらにパラメータ数を増やせば、フィッテイングは良くなりますが、過剰適合に陥ってしまうかもしれません。
それでは、どのようにして数理モデルを選べばよいのでしょうか?グラフの見た目から何となく選んでも良いのですが、より数学的には、赤池情報量基準(AIC)を計算します。
なお、経口投与後の血中濃度推移の場合、通常3つのパラメータを同定できます。

Cp(t) = A ka/(ka-kel) (exp (-kel x t) – exp (-ka x t))

A = Dose x F/Vd

Fは、バイオアベイラビリティーです。
経口投与後の血中濃度推移データだけでは、VdとFを分離して個々に決定することはできません。VdとFを求めるには、別途、静脈内投与後の血中濃度推移が必要です。
さて、それでは、パラメータ数が数十から数百もある非常に複雑なPBPKモデルのパラメータを、血中濃度推移データから同定できるでしょうか?また、同定できたとして、構築されたモデルの「予測性」はどうなるでしょうか?
これは、次回のブログで説明したいと思います。


各pH緩衝液おける粒子表面LLPSの予測

今回ご紹介する論文は、薬物塩の溶出中に発生する粒子表面LLPSの予測についてです。以前、薬物塩の溶出中に、粒子表面でフリー体の液液相分離(LLPS)が起きることを報告しました(1)。その後、この現象についての理論を構築するため、塩表面におけるpH(pH0)の予測方法を確立しました(2)。さらに、固有LLPS濃度の測定方法についても、検討してきました(3)。今回は、いよいよ本命の、粒子表面LLPSの予測です。

Prediction of Liquid–Liquid Phase Separation at the Dissolving Drug Salt Particle Surface
Taiga Uekusa and Kiyohiko Sugano
https://pubs.acs.org/doi/full/10.1021/acs.molpharmaceut.3c00157

薬物の固有物性値(Ksp, pKa,拡散係数)と、緩衝液の値(pH, pKa, 拡散係数)から、粒子表面LLPSの発生の有無を予測しました。実験結果と比較した結果、今回の方法で、おおよそ予測できることが示されました。この成果により、Physiologically-based bioharmaceutics modelling (PBBM)による、塩原薬からの経口吸収性予測が、また一歩、現実に近くなりました。さらに、今回の知見は、塩選択や処方設計にも役に立つと思います。
これまでの研究の流れを見ていただくと、今回の論文を、より一層、楽しめると思います。明日からの日本薬剤学会でも発表しますので、みなさん、是非、聴きに来てください。

(1) Oki, J., Watanabe, D., Uekusa, T., & Sugano, K. (2019). Mechanism of supersaturation suppression in dissolution process of acidic drug salt. Molecular Pharmaceutics, 16(4), 1669-1677.

(2) Uekusa, T., Avdeef, A., & Sugano, K. (2022). Is equilibrium slurry pH a good surrogate for solid surface pH during drug dissolution?. European Journal of Pharmaceutical Sciences, 168, 106037.

(3) Uekusa, T., Watanabe, T., Watanabe, D., & Sugano, K. (2022). Thermodynamic Correlation between Liquid–Liquid Phase Separation and Crystalline Solubility of Drug-Like Molecules. Pharmaceutics, 14(12), 2560.


Mechanistic static modelによるDDI予測

Mechanistic static model(MSM)によるDDI予測について、とても良い論文が2報出ていますので、ご紹介したいと思います。

1報目は、FDA申請資料を基に、MSMとDynamic PBPK modelを比較した研究です。

Gomez-Mantilla, J. D., Huang, F., & Peters, S. A. (2023). Can Mechanistic Static Models for Drug-Drug Interactions Support Regulatory Filing for Study Waivers and Label Recommendations?. Clinical Pharmacokinetics, 62(3), 457-480.

https://link.springer.com/article/10.1007/s40262-022-01204-4

両手法で同様の結果が得られることから、著者らは、Dynamic PBPK modelの使用は、その独自の強みを活用できる利用に限定されるべき、と結論しています。
”The results reported in this study should encourage the use of models that best fit an intended purpose, limiting the use of physiologically based pharmacokinetic models to those applications that leverage its unique strengths”
”We propose that fit-for-purpose simpler approaches can be used to support regulatory filing, reserving the use of physiologically based pharmacokinetic models to those applications that cannot be served by static models.”

なぜ、DDI予測については、MSMとDynamic PBPK modelでほぼ同じになるのか?については、また別の機会に考えてみたいと思います。

2報目は、in vitroとin vivoのデータを有効に活用して、MSMにおけるDDIに関するパラメータの推定精度を高めるという研究です。

Hozuki, S., Yoshioka, H., Asano, S., Nakamura, M., Koh, S., Shibata, Y., … & Hisaka, A. (2023). Integrated Use of In Vitro and In Vivo Information for Comprehensive Prediction of Drug Interactions Due to Inhibition of Multiple CYP Isoenzymes. Clinical Pharmacokinetics, 1-12.

https://link.springer.com/article/10.1007/s40262-023-01234-6

一般的なlocal middle-out approachでは、parameter fitting後は、in vitroのデータからの推定値は無視されますが(in vivoから逆推定した値に置き換えられるため)、本アプローチでは、ベイズ統計を用いて事後確率としてパラメータ推定することで、in vitroとin vivoの情報を包括的に使用する方法が提案されています。
現在、Dynamic PBPK + local middle-out approachという手法の論文が氾濫しており、ややもすると、上記2報のような論文の価値が正当に評価されないかもしないので、ここで紹介させていただきました。
これまで、このブログで何度も書きましたが、非常に複雑なPBPK modelのパラメータを、in vivo PKデータからlocal middle-out approachで個々の薬物について求めることには、とても注意が必要です(上手く行くのは、強力かつ特異性の高いinhibitorのあるDDIのようなケースに限られます)。また、そのような方法で、異なる臨床条件下に対する予測精度が上がるか否かについては、これまで系統的な検証が行われていないため、エビデンスレベルが低いです。1報目の論文では、今後、MSMとDynamic PBPK modelを並行して実施し、両者を比較することで、前者の限界と後者の有用性を明らかにすることが提案されています。
なお、物性との関係が深い経口吸収性については、Bottom-upによるFa予測性について、MSMとDynamic PBPK modelによる予測精度の系統的な検証が、すでに行われています。
Akiyama, Y., Kimoto, T., Mukumoto, H., Miyake, S., Ito, S., Taniguchi, T., … & Sugano, K. (2019). Prediction accuracy of mechanism-based oral absorption model for dogs. Journal of Pharmaceutical Sciences, 108(8), 2728-2736.

ベイズ統計について、自分はまだまだ勉強不足なのですが、薬学分野では現在あまり利用されていないように思います。例えば、製剤改良時におけるBE試験の例数追加などに利用できればよいな?と思います。


炭酸緩衝液を用いたpHシフト試験(パドル法)の開発と腸溶性製剤評価への応用

腸溶性製剤やpH依存性の溶出を示す製剤の評価では、胃から小腸へのpH変化を反映した溶出試験が必要になります。しかし、炭酸ガスバブリング法の場合、この試験は難しいようです。
落し蓋法を用いれば、炭酸緩衝液を用いたpHシフト試験が、簡単にできます。

Matsui, F., Sakamoto, A., & Sugano, K. (2023). Development of pH shift bicarbonate buffer dissolution test using floating lid and its feasibility for evaluating enteric-coated tablet. Journal of Drug Delivery Science and Technology, 104438.
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S1773224723002903

炭酸緩衝液を用いて腸溶性製剤の評価を行うと、各社の製剤間で、崩壊時間に大きな差がありました。さらに、同一ロット内でも差がありました。
このような差は、現在の局法リン酸緩衝液中では、見られません。
落し蓋法は、直観的に、「pHをしっかり維持できないのではないか?」と思われている場合が多いのですが(論文中でもそのように”憶測”で引用された例がありました。)、実際には、しっかりとpHを維持できます。
あまりにも簡単な方法なので、そのように疑われてしまうのかもしれませんが、実際にはとても上手く行きます。
炭酸という言葉から、炭酸飲料をイメージされる場合が多いのかもしれませんが、炭酸飲料中の炭酸濃度は3000-4000 ppm程度(68- 91 mM)であり、消化管内の濃度と比べてかなり高い値です。
消化管内濃度程度(10-15 mM)の場合、1気圧では、炭酸の気泡は発生しません。実際、皆さんのお腹で、気泡はブクブクとは出ていないですよね?(常にゲップばかりしてはいませんよね?)

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なお、薬物や添加剤の影響でpHが変化するのは、緩衝能の問題であり、消化管内と同程度の低緩衝能の緩衝液であれば、リン酸緩衝液でも同様にpHが変化します。
このようなpH変化が生体で起こるのかについては、専門家の間でも意見が分かれていますが、私は、一時的(数分程度?)には、そうなるのではないかと思います。小腸のpHは、血液中と異なり、厳密にはコントロールされておらず、ばらつきが非常に大きいですので、即時に頑健にpHを維持できるメカニズムでは無いのでは?思います。このあたり、今後研究が進むと良いなと思います。
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 炭酸緩衝液中における難水溶性薬物塩の溶出プロファイル

消化管内のpHは炭酸緩衝液で維持されています。一方で、溶出試験においては主にリン酸緩衝液が用いられています。
炭酸緩衝液は、

CO2 + H2O ⇔ H2CO3 ⇔ H+ + HCO3-

という化学平衡によって緩衝作用を示しますが、二酸化炭素から炭酸への水和反応が極めて遅いため、表面pHに与える影響が通常の緩衝液とは性質が大きく異なることが知られています。
これまでの研究から、酸性フリー体原薬の溶出性や、pH依存性ポリマーを用いた製剤(腸溶製剤、固体分散体)の溶出性が、炭酸緩衝液とリン酸緩衝液とで大きく異なることが知られています。
今回の論文では、難水溶性薬物塩の溶出プロファイルを炭酸緩衝液とリン酸緩衝液とで比較しました。

Dissolution Profiles of Poorly Soluble Drug Salts in Bicarbonate Buffer Aoi Sakamoto & Kiyohiko Sugano  Pharmaceutical Research (2023)

https://link.springer.com/article/10.1007/s11095-023-03508-x

モデル薬物は、ピオグリタゾン塩酸塩とダントロレンナトリウム塩を用いました。炭酸緩衝液のpHは、落し蓋法で維持しました。pH、緩衝能、イオン強度は、炭酸緩衝液とリン酸緩衝液とで同じに設定しました。(pH 6.5, I = 0.14 M, beta = 4.4 mM/pH)
結果、ピオグリタゾン塩酸塩とダントロレンナトリウム塩の溶出プロファイルは、炭酸緩衝液とリン酸緩衝液とで大きく異なることが分かりました。溶出試験初期におけるPLM/SEMによる粒子観察や、バルク相析出試験との比較から、粒子表面におけるフリー体への変換が、原因と考えられました。
今回の結果を踏まえると、かなり広い範囲の原薬および製剤で、炭酸緩衝液とリン酸緩衝液の違いがあると考えられます。現在、多様な原薬・製剤について検討しており、来月の薬剤学会で発表する予定です。
落し蓋法は、非常に簡単な方法で、リン酸緩衝液と手間はほどんどかかりません。また、従来のCO2バブリング法によるpH維持では、界面活性剤による泡立ちや気泡による溶出・析出挙動の変化が問題となっていましたが、それらも落し蓋法では問題ありません。
さらに、CO2バブリング法では特殊機器が必要であるため初期費用が高額ですが、落し蓋法は低コストで導入できます。
これからは、すくなくとも、in vivo予測を目的とする溶出試験においては、炭酸緩衝液が第一選択にすると良いと思います。


塩のFa予測は、どこまでできる?

以前のブログで、「pH control域での平衡溶解度は、塩から測定してもフリー体から測定しても、同じ値になる。」というお話をしました。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/510288
そうすると、平衡溶解度を用いたFa予測では、塩とフリー体でFaが同じになると予測されてしまいます。
もちろん、実際には塩として投与した場合の方が、Faは上がります。
塩の溶出により、消化管内において、一過的に過飽和濃度になることが、Faが上がる理由です。
そうすると、どの程度の時間、消化管内で過飽和濃度が続くのか?の見積もりが、Fa予測に重要となってきます。

この点について、前回紹介した論文の中で、考察しています。
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/517189

まず初めに、完全溶解時の溶解濃度(C)を計算します。

C = 投与量/消化管溶液量(130 mL)

塩のKspは通常とても高いので、フリー体の析出が全く起こらない場合には、塩は速やかに溶けます。
次に、Population balance modelで、この濃度における析出誘導時間(induction time (tind))を計算します。(PBMは、フリー体さえあれば構築できます。)

tindが小腸滞留時間よりも長い場合(例: tind > 4 h):
消化管での析出が起きないと予想されます。この場合、溶液投与と同じになるように溶解度を設定することでFaを予測できます。

tindが非常に短い場合(例:tind < 5 min):
消化管で瞬時に析出が起きると予想されます。この場合、析出物の平衡溶解度を用いてFaを予測できます。(例えば、析出物が(フリー体の)アモルファスの場合には、アモルファスの平衡溶解度(= LLPS濃度)を用いる。)

中間の場合:
より詳細なシミュレーションが必要です。
(注意:析出誘導時間は、1次速度式では表現できない。単純な析出速度定数では上手く行かない。)

LLPS濃度の実測あるいは予測についてはこちら↓
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/506760

逆に言うと、4時間以内に析出が起きない濃度(臨界過飽和濃度(準安定濃度))と、5 min以内で析出が起きる濃度(即時析出濃度)を計算し、投与量がそれらの範囲外の場合には、Gut frameworkでFaをある程度正確に予測できると考えられます。(Gut frameworkではフリー体の予測値は誤差2倍以内程度。)
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/431200

これまでに測定した薬物では、即時析出濃度と臨界過飽和濃度の比は、3-7倍程度でした。
臨床投与量がこの範囲に入るケースは、あまり多くはないのかな?と思いますが、実際にやってみないとわかりませんので、現在調査中です。
やがて開発が進んで、塩が入手可能となり、投与量が決まっているのであれば、Cを臨床と合わせた条件で、溶出試験を行い、溶出プロファイルから判断できます。(表面析出がありそうかどうか?も確認できます。)
溶出試験条件としては、いまのところは、炭酸緩衝液(pH 6.5, 10 mM (or 15 mM), I = 0.14 M)で作成したFaSSIFを用いて、50 rpmで試験するのが、最も生体を反映していると思います。
(表面析出は、炭酸とリン酸で大きく異なります。論文投稿中)
このような条件で、塩とフリー体の溶出プロファイルのAUC比を算出し、フリー体のFa予測値に掛ければ、とりあえずは、塩のFa予測値を計算できると思います。
ただし、これについては、今後詳細な検討が必要です(現在検討中です)。

炭酸緩衝液についてはこちら↓
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/446149
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/475089

表面析出についてはこちら↓
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/431263
https://www.c-sqr.net/c/pcfj/reports/418770

このように、塩からのFa予測は、まだまだ完璧ではないものの、まったく手も足も出ない訳ではありません。


Population balance modelによる消化管pH環境における薬物の析出モデリング

化学工学の分野では、結晶析出過程の速度論的モデルとして、Population balance modelが広く用いられています。
一方で、経口吸収にPopulation balance modelを応用した例は、これまで尾崎さんの論文のみでした。その論文では、カルバマゼピン無水物から水和物への転移にPopulation balance modelを用いていました。
そこで、以下の論文では、医薬品開発にとって、より重要と考えられる、塩基性薬物の消化管pH変化による析出を、Population balance modelで記述・予測、できるか?を検討しました。

Application of Population Balance Model to Simulate Precipitation of Weak Base and Zwitterionic Drugs in Gastrointestinal pH Environment
Hibiki Yamamoto, Ravi Shanker, and Kiyohiko Sugano*

https://pubs.acs.org/doi/pdf/10.1021/acs.molpharmaceut.3c00088

Population balance modelは、
1次核形成
2次核形成
結晶成長
の3つの数式からできており、各数式は2つの経験的速度論パラメータを持っています。
そこで、まず初めに、pHシフト試験の結果から、これらのパラメータを同定することにしました。しかし、パラメータ数が多いため、同定できませんでした。そこで、2次核形成を無視して、かつ、結晶成長の過飽和度依存指数を2に固定しました。残り3つのパラメータのうち、1次核形成のパラメータについては、初期濃度と析出誘導時間の関係から求めました。最後の1つのパラメータは、目視によるフィッテイングで求めました。このような方法で、構築したモデルは、pHシフト試験の結果をよく再現(記述)しました。
次に、胃から小腸への薬物の移動を模擬したin vitro試験における析出を「予測」できるかについて、検討しました。
結果、1つの薬物を除いて、濃度推移および析出結晶の粒子径を、おおよその精度で予測できることが示されました。

今回の検討では、2次核形成を無視しています。
2次核形成は、結晶がパドルやベッセル壁面に衝突することで生じますが、今回用いた攪拌速度(50 rpm)や析出粒子の範囲(< 100 um)では、2次核形成は無視できることが知られています。
この仮定を入れることで、非線形重回帰を用いることなく、確実にパラメータ推定できるようにしました。
Population balance modelにより、誘導時間や、吸収時間スケール(数時間)での準安定領域を予測可能になりました。


BCS class III薬物の生物学的同等性

BCS class IIIの薬物は、製剤間で生物学的同等性(Bioequivalence, BE)を得ることが難しいのではないか?そう思っている方が、とても多いと思います。
実際、BCSに基づくBE試験免除スキーム(BCS based biowaiver scheme (BCS -BWS))では、BCS class IIIの溶出試験の判断基準は、厳しめに設定されています(very rapid dissolution, > 85% at 15 min)。
一方で、生物薬剤学の速度論の観点からは、BCS class III薬物の経口吸収は膜透過律速になると考えられ、製剤間のBEはむしろ得られやすいはずです。
どちらが正しいのでしょうか?
今回紹介する論文では、実際に、BCS class III薬物であるファモチジンの溶出性が、OD錠とIR錠で大きく異なる製剤間でも、BEが得られていることを示しています。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/cpb/71/3/71_c22-00685/_article/-char/en

さらに、シミュレーション検討も行っており、BCS class IIIの溶出試験の判断基準は緩和しても良いことが示唆されています。
今回の論文では、生物学的同等性について正しく考察するには、律速段階を理解することが肝心であることが、改めて示されました。多数のジェネリック品が販売されているファモチジンを用いており、このことがより明確に示されています。
以下の論文も併せてご一読いただけますと、BCS class III薬物のBEに関して、見方が大きく変わると思います。

https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0928098714003121?via%3Dihub
https://pub.iapchem.org/ojs/index.php/admet/article/view/338


塩の溶解度測定を依頼されたら?

今回のGrowth Projectで、塩の溶解度測定を依頼されたら?という話題がありました。
企業の物性研究者は、プロジェクトから、塩形成した薬物(塩)の溶解度測定を依頼された経験がある方が多いと思います。
あるいは、オンラインの依頼システムにSubmitされたサンプルを、ルーチン測定しているかもしれません。
物性研究者ならば「塩から測定しても、結局、フリー体と同じ値になるので、意味がない。」と分かっていると思います。
一方、プロジェクトの研究者(例えば、有機合成や薬物動態の方々)は、塩にすると「溶解度」が上がると思っています。
なぜ、このような認識の差が起きるのでしょう?
溶解度測定の担当者は、当然、溶解度測定のことは良く知っています。
一般に、医薬品開発における溶解度測定は、あるpHにおける平衡溶解度を測定することを目的としています(*)。したがって、試験条件は
(1)平衡に到達させるための長い振とう時間(通常24時間以上)と強い撹拌
(2)pHを一定に保つための強い緩衝能(はじめに加える薬物のモル数<緩衝能)(**)
になっています。
Ono, A., Matsumura, N., Kimoto, T., Akiyama, Y., Funaki, S., Tamura, N., … & Sugano, K. (2019). Harmonizing solubility measurement to lower inter-laboratory variance–progress of consortium of biopharmaceutical tools (CoBiTo) in Japan. ADMET and DMPK, 7(3), 183-195.

したがって、pHコントロール領域では(=中性pH付近では)、残存固体はフリー体になり、それと平衡状態にある溶液中で測定される薬物濃度(すなわち溶解度)は、フリー体から測定した場合と同じ値になります(***)。
つまり、塩から測定した溶解度は、フリー体から測定した値と同じになります。(別の言い方をすると、なるべくそうなるような試験条件になっています。)

一方で、プロジェクトの研究者は経験上、塩形成した場合には経口吸収が上がることは知っていますし、有機合成の方であれば、水(純水)への溶解度が上がることを体験しています(なお、有機合成ではめったに緩衝液は使いません。)
このミスコミュニケーションを放置すると、最悪の場合、塩にしても吸収性を改善する効果が無いとプロジェクトが判断してしまうかもしれません。あるいは、溶解度測定が間違っているとクレームをつけてくるかもしれません。
実際には、塩形成すると、ほとんどの場合、消化管内で過飽和濃度を形成することで、吸収性が向上します。(****)(*****)
したがって、塩からの経口吸収性を正しく評価するには、平衡溶解度測定ではなく、過飽和濃度を適切に評価可能な系が必要になります。(******)
過飽和濃度の評価系については、現在、様々な方法が研究されており、まだ研究者間でコンセンサスが得られていない状況です。(僕なりに、こうした方がよいかなぁ~、というのはあるのですが。。。)
このあたり、プロジェクトと上手にコミュニケーションをとるのも、物性研究者の大切な仕事かな?と思います。(*******)

(*)構造溶解度相関のためには、粒子径や原薬形態に左右されない値が必要です。また、経口吸収率予測に用いる値の1つとしても、この値が必要です。
(**) 対照的に、純水に塩を溶かした場合を考えてみると面白いと思います。この場合、溶解度は上がります(pHが変化します。)平衡形成固体は、塩のままの場合も、フリー体が析出する場合もあります。
Avdeef, A., & Sugano, K. (2022). Salt Solubility and Disproportionation–Uses and Limitations of Equations for pHmax and the In-silico Prediction of pHmax. Journal of Pharmaceutical Sciences, 111(1), 225-246.
(***)ただし、平衡に達していない場合、結晶多形がある場合、不溶性のリン酸塩として析出する場合、あるいは塩を多く加えてしまってpHが変化してしまう場合、などもありますので注意しましょう。できれば、残存固体の結晶形を確認しましょう。
(****)溶出速度も向上しますが、溶出速度が問題となっている場合には(=経口吸収が溶出速度律速の場合)、粒子径を小さくすることで十分改善可能です。
(*****)したがって、PBBMでは、塩の溶出と、フリー体の析出および溶出を、しっかりと区別する必要があります(前者にはKspが不可欠です)。残念ながら、これまで発表されているPBBMでは、これらが全く区別されていないので、論文を読む際には注意しましょう(それでもシミュレーションが当たるように見えるのは、パラメータフィッテイングを濫用しているからなのですが。。。これについては以前のブログをご覧ください。)。
(******)生物学的同等性を考える場合にも重要です。一般的なSink条件の溶出試験では、過飽和は評価できません。
(*******)なお、物性マニアの言うところの塩の溶解度とは、「もし仮にフリーの析出が起きずに平衡形成固体が塩のまま存在できる場合の平衡溶解度」です。実測はまず出来ないですが、理論上は定義できます。√Kspよりもかなり高い値になります。

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